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かわら版

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紅葉と四季さくらの対比バランス!

昨秋には紅葉、早春には桜・・・という定番ですが・・・交野カントリー倶楽部コースでは、太陽と月が昼間に輝く樹形が、今、楽しめます。

OUTコースNo.3&No.4の桜、INコースNo.14のティーグランド右サイドに咲く桜の花。
「四季桜・十月サクラ」というのです。桜の世界でも有名ですが、その桜が当コースにあるのですから、自慢しましょう。

シニア会メンバーと一緒に撮った秋季紅葉のポーズも素晴らしい。
でも、世界にも珍しい一種「四季さくら・十月桜」をお楽しみください。(写真3〜5)
写真5 INコース14
写真3 INコース14ティーグランド後方右
写真4
写真1 OUTコース3ティーグランドより
写真2 INコース14グリーン上より
写真5 INコース14

シニア会メンバー氏名は、右側から和田氏・森氏・松井氏・珠数でした。(写真1)
なお、昨年11月朝日新聞に記載された写真・晩秋の柔らかな日差しの中、紅葉する川沿いに四季桜が咲いていた:愛知県豊川市小原町(写真5)

珠数 泰夫

△up

二人の自分が

十月のBクラスの月例競技で、初めてハーフ39が出た。65歳になってベストスコアが出るから、ゴルフは不思議な競技と思うし、これだから止めれない。しかし、力量不足には、ちゃんとそれなりの結果が出る。後半は49。ゴルフは、しっかりと答えを出して、治まるべき所へ収める。

中部銀次郎氏曰く。プレーは「平常心」で「最悪を想定し、次善の策を最善に尽くせ」と。
全くその通りのプレーであった。確かに前半は平常心であった。八割の力でゆっくりとスウィング。するとティーショットはほぼフェアウェイに。セカンドショットも思う所に運べた。パットもツーパット以内で完璧であった。無心で無理をしないプレーであった。

ところが、後半のプレーは一変した。ゴルフの難しさを知り、悔恨の念しきりの今。
昼休憩は、いつもの旨い生中を止め、グラスビールに控えた。今思えばその時から前半のスコアを後半も出せると勝手に思っていたのである。後半も平常心で冷静なプレーを目論んでいたが、体の方は心と全く関係なく、前半とは別な動きをした。頭と身体が分離したのである。

最初のホールで、いきなりOB。これで完全に前半の平常心が飛んだ。
その後も、余分な力が入り、ティーショットは左右に大きくブレる。そしてセカンドも無理をして、傷口を広げた。それがパットにも影響し、スリーパットの連続。結局49で終了。

前半と後半のプレースタイルは全く異なってしまった。果たしてどちらが本当の自分であろうか。確かに前半は出来過ぎ、後半はいつもの自分であったと思う。しかし、可能性を示してくれた事は間違いない真実。嬉しさと悔しさのプレーであった。

やがて、前期高齢者に向かう者にとって、まだまだ進化できる部分を発見できた事は、実に意味の有ること。これから、ゴルフを通して自分を深く見つめて行きたいと思います。ゴルフは自己を知る、修業かも知れません。

津島 智

△up

古希を迎えてのゴルフ

今朝は4時40分頃からの雷鳴で目覚め朝刊を読み始めたところで投稿の事に気付きテーブルにつきました。

32才で会員となり38年その間腰痛・肩・ヒジ痛に対処しながらのゴルフ人生。定年後は朝6時起床、朝刊片手に食事、そしてマッサージ機で背筋伸ばし8時頃より庭・植木・菜園の手入れ午後は週2〜3回ゴルフ練習、コースでのラウンドは月3〜4、週1〜2回整骨院通いというのが平均的な生活パターンです。

2月28日に古希を迎え早め8ヶ月、今年は月例優勝を含め入賞3回プライベートラウンドでも74含め70台が4回と好調なゴルフでしたがファウンダーズでは100オーバーと時々大崩れもする内容でした。

10月初め〜クラブ選手権、限られた有資格者が競うクラブ最大の競技、決勝に残ればマッチプレー私は今年はグランドシニア部門で挑戦、その様子を記したいと思います。

過去の戦績はクラブ選手権(予選通過3回)、シニア選手権(2回予選通過も準決勝止まり)

9月30日(日)予選・・・台風影響下悪条件、9Hプレーで決着
             連続ダボスタートするも必死のプレーで運良く6位タイでクリアー

10月7日(日)1回戦・・18Hマッチプレー、前半9H不調の極みで3down、後半、9H回復
             17H迄オールスクエアー18H1up

10月14日(日)準決勝・27Hマッチプレー、1R18H3up
             残り9Hもドライバー好調4&3

10月21日(日)決勝戦・スタート直後より4連続down
             バックナインで一時1down迄善戦するも自滅で4&5

戦い総括
一回戦では休憩時間が1時間40分あり、この長さが対戦相手に悪影響し運良く勝利出来た。2回戦では私のドライバー好調に比し対戦相手は前日迄絶好調のドライバーが絶不調で終始私に有利に流れた。

決勝戦はグリーンコンディションが(カップ位置含め)あまり経験のない難度で私の実力では克復出来なかった。アイアンショットも球が上がらずスイングそのものが崩れていた。正しいスイングの再現性を高める事が安定したゴルフの根本、当然の事を思い知らされました。

4週間に亘るグランドシニア戦を終え過去味わえなかった緊張感・充実感そしてグランドシニアならではの和やかな雰囲気を体験出来た事は私にとって大変貴重なもので対戦下さった3氏に厚くお礼申し上げます。

先日新HDCPの通知で9→8にして頂きました。少しでも長く維持出来る様頑張ります。ゴルフは自身の生き方・健康維持に教えてくれる点が多々あり心豊かな老後にする為にも心の鏡を曇らせない様常に反省と研鑽に注力して貰いたいと思います。

最後に日頃大変お世話になっておりますクラブ関係者・友人に心よりお礼申し上げます。

大嶋 剛

△up

一本のアイアン

交野カントリーに入会したのは、平成23年4月で、私が57歳半ば頃のことです。 今回、7月、8月の月例杯で幸運にも入賞することができたため、寄稿することになりました。せっかくの機会なので恥ずかしながら、私にとってのゴルフについて思い返してみました。

私がゴルフと出会ったのは、20歳の誕生日に叔父から1本のアイアンをプレゼントされたことがきっかけです。

当時、私は「ゴルフはサラリーマンにとっては高嶺の花で高貴な人がするスポーツ」と思っていました。そのため、何故ゴルフクラブをくれたのかを尋ねると、「今からは仕事・遊びにゴルフが必要になる時が来る」とポツリと言ったのです。

そして、クラブの握り方、構え方等数点を叔父から教わりましたが、学生時代からこれといったスポーツをしなかった私でも「ゴルフなんか止まっている球を打つのは簡単」と安易な考えをしていたのを覚えています。

しかし、練習場へ行きボールを打つと「空振り」「チョロ」「スライス」「フック」の連発でまっすぐに飛んだのは数発と初めての練習は悲惨なものでした。「運動音痴じゃない」と闘争心にかられ見栄っ張りの私は、まずは道具からと思い高価なフルセットを買った記憶があります。 練習・練習・練習をするも我流のために一向に上達せずに、ドライバーは「どこへ飛ぶかはボールに聞いて」と言いたい程に苦手でした。

でも、「コースでプレーがしたい」の思いは、半年ほど経った春に叔父からの誘いでかなったのです。初めて訪れたゴルフ場は、「綺麗」の言葉しか見当たらないくらいに手入れがなされ、緑の絨毯を一面に敷きつめた、まさに庭園でした。こんなところでプレーできるのかと高揚したままの初ラウンドは散々な結果でしたが、ゴルフへの思いは一層昂ぶりました。これが、ゴルフとの出会いです。

ゴルフは、老いも若きも一つのボールをまるで彼女かのように追いかけ夢中になります。上達には、いくつもの難関と激闘しつづける奥の深いスポーツですが、生涯の友として身体の動く間はエイジシュートを夢みながら続けたいと思います。

最後に、叔父は私に一生ものの宝物をプレゼントしてくれたんだと、深く感謝します。

山田 政信

△up

これからも交野カントリー倶楽部と一緒にゴルフを

交野カントリー倶楽部に入会させていただいてから、もう10年以上の年月がたちます。入会後間も無く広島に単身赴任、その後の異動でも本社へ帰らずに金沢まで行ってしまい、大阪を離れてから9年近く、ようやく昨年の3月に交野へ戻って来ました。

今まであまり参加出来なかった月例杯へも毎月参加出来るようになったと思っていたところ、突如昨年の春に両肩が上がらなくなりドライバーの飛距離も激減、今まで飛んでいたところまでどんなに頑張っても飛びません。お医者さんに聞くと「完璧な50肩、人によっては治るのに2〜3年もかかる事がある」との事。ゴルフ仲間からも「北村さん、ホントに飛ばんようになったね」と同情される始末。飛ばなくなると、今まで比較的余裕を持って振っていたドライバーを青筋立てて強振する様になり、前には飛ばずどんどん左へ曲がるばかりでスコアも悪くなるばかり。去年の下期は14まで行ったハンデキャップも今年になって15になり、下期には更に16になりもうすぐAクラスも落第かと、あきらめかけていた矢先、どうしたことか何の前触れも無く良いスコアが出てしまいました。

この日もいつものように最初からドライバーは左へひっかけ、10番でも12番でもドライバーが左のラフへ。いつもはラフからでも強振してしまうのが、この時は何故か無理をせずラフからなので手前から転がれば良いと思ってショットをすることが出来ました。不思議なもので、少し余裕の気持ちで打ったボールはどちらも花道から転がってパーオンになったのです。この拾い物のパー2つのお陰でその後のホールが本当にプレッシャー無く気楽にプレイをすることが出来ました。日頃からご一緒させていただいている仲間の方たちやキャディさんの暖かい励ましもあり、上がった時には自分の交野でのベストスコアタイで回る事が出来ました。本当にゴルフとは不思議な面白いものですね。おなじ人間がやってもその日の気持ちだけで全く違った結果になって現れます。

考えてみれば楽しいゴルフがしたい一心の1年半の整骨院通いで肩の方もかなり動くようになっていた事、そして同じ会社の方が何人か交野に入会された事に刺激を受けて少し練習を頑張れた事で神様がご褒美を下さったのかもしれません。

1回の優勝で急にゴルフがうまくなるわけではありませんが、これを機にまた今まで以上にゴルフを自分一生の楽しみとしてこれからも精進していきたいと考えています。交野カントリー倶楽部の方々、クラブのメンバーの方々、これからもご迷惑をおかけすると思いますが何卒よろしくご指導をお願いいたします。

北村 和雄

△up

交野カントリーに入会して

始めまして。井上博夫と申します。年齢は、53歳で製造業に勤務しております。ゴルフ歴は、約20年と長いのですが、腕前のほうは、一向に上達せず100を何とか切れるレベルが続いています。

交野カントリー倶楽部には今から5年ほど前に入会させて頂きましたが、なかなか一人でコースに出る勇気がなく好きなゴルフ練習通いのみ・・・。そんな中、仕事のストレスで心身ともに落ち込む事があり「このままでは、ストレスに押し潰されてしまう!ストレスを忘れられる何かを見つけなくては」と思い好きなゴルフをもっと真剣に取り込もうと考えハンディキャップを取得し競技に参加したいと思うようになりました。

2011年5月よりハンディ取得に向け一人でエントリーしコースに出ましたが、毎回「どんなメンバーさんと一緒に廻るのか?」「大たたきして迷惑を掛けたらどうしよう?」等、不安だらけでしたが、毎回、一緒に廻って頂いたメンバーの方は、本当に良い方ばかりで、楽しくラウンドする事が出来ました。そのお蔭で、スコアの方は毎回95前後でラウンドする事が出来るようになり、何とかハンディ24を頂戴しBクラスのメンバーにして頂きました。

2012年12月度、満を持しての初月例杯!スタートホールのティーショットの緊張感・・・。足が震えていた事を今でも覚えています。初月例の結果は、105でした。ハンディ取得までは、安定して95前後だったのが、久しぶりに100越え。緊張もあっての事だと思い翌月は頑張ろうと開き直りましたが、2012年1月度の月例でも101、2月・3月・・・いつまで経っても100が切れない。そんなスコアに毎回苛立ち、ラウンド後、練習場に直行し練習。しかし良くならない。

そんな時、シングルハンディの親戚とラウンドする機会がありその時、そのスイングを見て「これだ!」と思う閃きがありました。早速、閃いた事を意識し練習を重ねるとようやく7月度の月例で100を切る事が出来、さらに8月度の月例では優勝、9月度の月例では、3位に入賞する事が出来ました。又、優勝出来たのは一緒に廻って頂いた同伴の方やキャディさんの力もあっての事だと感謝しております。

私が、ゴルフが好きな理由は、他のスポーツと違い世の中に一つとして同じコースが無い事とそのコースに合わせた、又自分の力量に合わせた攻め方があり非常に戦略的なスポーツだと感じるからです。これからも真剣にそして楽しいゴルフをしていきたいと考えています。一人でエントリーしています。もしよろしければ、いつでも気楽に声を掛けて頂ければ有り難いです。素晴らしいメンバー・素晴らしいコース、交野カントリー倶楽部のメンバーで本当に良かったと感じております。

井上 博夫

△up

ゴルフと私

昨年10月に入会し、今年4月より月例会に参加させて頂きました。7月Bクラス月例杯で入賞し、原稿依頼を頂きました。テーマとして、今の自分のゴルフを振り返ってみようと思い書くことにしました。30代初め頃はテニスを中心に会社でサークルを作り合間に年3回程度の社内コンペゴルフに参加しておりました。

40代の初めに腰痛になり、これから出来るスポーツを考えたときゴルフは、長いお付き合いが出来るスポーツではないかと考えていたところに、営業関係の仕事でゴルフのお誘いを頂く機会が増えました。一緒に回るほど自信がなかったのでこれはいけないと思い練習場に通うようになり、どうにか足を引っ張らない程度でラウンド出来るようになりました。ゴルフも一躍をになって営業も順調に運ぶ事が出来たように思います。その後仕事は変わりましたが良き経験をさせて頂きました。

ゴルフを手にして気が付けば30年近く経ちましたが腕のほうはさっぱりです。間もなく60歳に手が届き、また体力的にも落ちてきている自分もあり、楽しいゴルフをしていきたいと思うようになりました。その頃に交野カントリー倶楽部を紹介され直ちに入会しました。

ある日、練習場で友人に自分のフォームを見て頂く機会があり自分のスイングとスタンスについて見てもらったところ、自分がイメージした振り方とかけ離れている事を知りました。また、先般の交野カントリー倶楽部の新入会員コンペでのビデオも頂き自分のスイングの悪さを知ることが出来ました。これらを参考にスイングを直すよう努力しているところです。その後の7月のBクラス月例会では、スイングが少し安定し入賞出来ました。

これからの60代は楽しく積極的にゴルフをいていきたいと思っており月例会にも参加しメンバーの方々と親しくラウンドさせて頂きたいと思っておりますので宜しくお願いします。

平田 喜義

△up

ゴルフとの出会い

打ちっ放し場で練習を始めた頃、会社主催の仕入れ先メーカーとの大きなコンペに、半ば強制的に参加させられたのが、私のコースデビューでした。その時の、ティーグランドでのドキドキ感は、今でも忘れられません。スタートで2回空振りし、結果148打。大変悔しく、恥ずかしい思いをした記憶がよみがえります。

私がゴルフを始めたのは、今から約30年前です。会社のトップが「一杯のコーヒーより一杯のお酒。一杯の酒より一回のゴルフ」と言って、良好な人間関係作りには、ゴルフが一番と言う社風でしたので、直属の上司に奨められた事がきっかけです。

それからは、月1回のペースでラウンドしましたが、我流なのでなかなか上達できません。安定的に100を切るのに、20年程掛かったように思います。10年程前から、経済的・時間的に少し余裕が出来て、練習もラウンドも回数が増え、ようやく「90を切るのが目標」と言うレベルにまで上達し、過去3回程70台を出すことも出来ました。

今は営業という職種から、北海道から沖縄まで様々なゴルフ場で、多くの方とラウンドをする機会に恵まれ、本当に充実していますが、間もなく定年退職の時期になります。退職後も楽しくゴルフを続けたいと思い、近くて良いコースを探していたところ、商売上の知人から、交野カントリー倶楽部への入会を奨められ、2度程、会社の同年代の3人とラウンドをしました。家から30分の近距離で、コースメンテナンスが素晴らしく、倶楽部全体がアットホームな雰囲気で大変気に入り、即、入会を決めました。しかも、先日の新入会員懇親会のコンペで、数年ぶりに79という、自分でもビックリのスコアが出ました。

今後とも、末永く倶楽部ライフを楽しみたいと思っていますので、宜しくお願い致します。

谷生 眞喜夫

△up

たかがゴルフ されどゴルフ

此の度、7月のシニア月例杯にはからずも優勝することが出来て、嬉しく思っています。当日、一緒にラウンドをして頂いた皆様・キャディさん、また日頃御世話になっている交野カントリー倶楽部の関係者の方々には感謝致しております。

昨年の後半より、思うようなスコアが出せずどのように体を動かせばいいのか、それすらわからないまま、手探りの状態でプレーをしておりました。時を同じくして、ひょんなことから盆栽を始めた為に、ゴルフと盆栽の比重がかなりバランスを欠いたものであったと、反省しております。

ゴルフのスイングは、自転車と同じで、一度覚えると忘れることはないと、高を括っていました。そして、覚悟はしていましたが、7月からの新ハンディの通知を受け取って、がぜんファイトが湧いてきて、以前にも増して練習の回数を増やし、岡本光康プロの指導による、交野カントリーでのラウンドレッスンにも、参加して、少しずつ自信を取り戻しつつあります。

たかがゴルフですが、されどゴルフです。

真面目にゴルフをしようと思っている今日此の頃です。

今後とも宜しくお願い致します。

大西 寛

△up

ゴルフの神様

車の運転をしていて危ない目に遭遇する時がある。と同時にこれは誰かが私を助けてくれたんだと思う。それは誰だと思う。誰かはわからないが、そのことに対し感謝の念がわいてくる。「有難うございました」と心底からつぶやく。

最近のゴルフの状態を表すと、一進一退、四苦八苦、一喜一憂、右往左往、堂々巡り、暗中模索、などになる。つい練習量が増え、肝心な月例の時は、体調を悪くしていた。練習をすることにより自分自身につい期待をする。これが逆に自分に対するプレッシャーになりつぶれていた。

ゴルフがメンタルなスポーツだと言われるのに。二進(ニッチ)も三進(サッチ)もいかないときアプローチがOKのところについたり、長いチップインが出たりする。思う「これは俺の実力じゃないぞ!!」と・・・。誰かが私の手助けをしてくれた、それは誰だ、それはゴルフの神様だと思う。ゴルフを続けるようにアメをしゃぶらせてくれる。

しかし大体においてゴルフの神様はムチ(試練)を与えて下さる。

結論として「人間万事塞翁が馬」の精神で行くしかない。

杉原 道夫

△up

ゴルフに出会えてよかった

今回は、ほんとうにラッキー続きで、優勝してしまいました。御一緒に回ったメンバーの方々と、キャディさんに感謝します。ありがとうございました。

だんご三兄弟(男の子三人)の子育てのストレス発散に、打ちっぱなしを始めたのがきっかけで、私のゴルフは始まりました。

何年も、打ちっぱなしだけの時代が続きました。交野カントリー倶楽部のメンバーになってからも、最初はゴルフ場に行くだけで、とても緊張して、周りの皆さんについていけるか、とても不安でした。でもみなさん優しくて、だんだん緊張がほぐれてきました。

最近は、交野カントリー倶楽部で色々な方とお知り合いになれて、ゴルフがどんどん楽しくなっています。男女を問わず、年齢も問わず、本当にいろんな方がいらして、世界が広がっています。主婦業だけでは、なかなか出会えない方々と出会って、面白いお話を聞くこともとても楽しいです。ゴルフに出会えて本当によかった。長く長くゴルフを続けたいと思います。

最後に、いつも私のゴルフを、温かく見守ってくれている、子どもたちと、主人に感謝します。これからも、増々ゴルフを楽しみにしたいと思います。皆様よろしくお願いします。

加賀 泰子

△up

ゴルフとの出会い

交野カントリ−倶楽部へ家族が入会したのが1973年の開場と同時でした。従って、会員歴は交野カントリ−倶楽部の歴史と同じ39年になりますが、入会から数年間は全くプレ−をすることのない会員でありました。入会当時私は20歳代で、家族同様ゴルフにそれほど関心はなくたまにTVのゴルフ中継を観戦するぐらいでした。

当時のゴルフ環境は、まだまだ一般大衆には普及していなかったと思います。ゴルフは一部のエリ−ト層や富裕層等がするスポ−ツという風潮で、現在のように老若男女が楽しめるゴルフ環境ではなかったと思います。しかし、当時は右肩上がりの経済状況に加え有名プロゴルファ−の出現等もあり、ゴルフが徐々に一般大衆に普及していった時期であったと思います。自分自身もその後、年齢を取るに従ってゴルフを楽しむようになり、交野カントリ−倶楽部へは年1、2回利用するようになっていました。

50歳を超えた頃から単身赴任生活が長く続きゴルフとは疎遠になっていきましたが、昨年度末に定年を迎え、ゴルフに費やす時間が取れるようになりました。昨年暮れには入会以来38年目にして始めてハンディを取得し、今年から月例等へ参加しています。しかし、スコアは惨憺たるもので現在も100から110前後でのプレ−が続いています。

今回の「水無月杯」は台風4号の影響で棄権される方が続出し、競技参加者は18名と少なく、その上ハンディにも恵まれたため、たまたま優勝することができました。本当に幸運でした。同伴者の知人3名の方と親切にアドバイスをしていただいたキャディさんに深く感謝いたします。また、風雨による最悪のコンディションにも拘らず、それを感じさせなかった交野CC。流石コ−スメンテナンスに定評があると実感いたしました。改めて素晴らしいコ−スだと確信します。

交野カントリ−倶楽部の「会報」や「ホ−ムペ−ジかわら版」はたまに見ていましたが、寄稿されている方々は実力者ばかりで、自分とはかけ離れた方々だと思っていました。まさか、こんなに早く寄稿できるとは正直思ってもいませんでした。それだけに大変嬉しく光栄に思っています。ありがとうございました。

今後は、自分自身の健康管理に努め、楽しいゴルフ、たくさんの人との出会い、できる範囲でのスコアアップをモット−に、末永くゴルフと付き合っていきたいと考えております。 皆様よろしくお願いいたします。

有家 伸宜

△up

私とゴルフ

「定年後の遊び場を確保したい」の思いで、交野カントリー倶楽部に入会したのは8年前の57才の時だったと思います。元々、交野生まれの交野育ち、中学時代はコースのすぐ下の“源氏の滝”のすぐそばに学校がありましたので、交野山には何度も登った経験があります。いわば交野山は私達の遊び場だったのです。勿論メンバー仲間には小・中学校の同級生、同窓会が大勢いらっしゃいます。そして何よりも自宅から近いというのが一番の決め手でした。

それ以来、月例会ををはじめ何度となくプレーしていますが、成績の方はさっぱりです。特に最近、還暦を過ぎてからは体力の低下と比例して飛距離は大幅にダウン。老眼と乱視の進行によってグリーンの上り下り、さらに左右の傾斜まで見ずらくなりパットも決まらなくなってきています。そのせいで、半年に一度送られてくるハンディキャップも毎回下がる一方です。ゴルフ仲間にも「そろそろゴルフを引退する時が近づいているわ」と愚痴をこぼすことが多いこの頃です。

そんなある時、宝塚の近くのゴルフ場で、今は退会されていますが古くから長い間交野カントリー倶楽部のメンバーだったという方と、一緒にプレーする機会がありました。そこで「交野カントリー倶楽部でプレーすると悪いスコアばかりです」と話すと、「それは、仕方ないです。私も長い間、苦しめられました。あそこは、大阪で一番難しいコースですよ」と、慰められました。

それからは、難しいグリーン、深いバンカー、OBゾーンと確かに難しいコースだと思って、最近の月例杯にはオリンピック精神“参加することに意義がある”で出場していました。ところが、先日の6月10日の月例杯で初めての優勝という事件が起きました。インからスタートして10番でいきなりバーディ。調子に乗ってホールアウトしてみるとネット67、5アンダー。一打差で栄光を手にすることが出来ました。長い間やっていれば良いことがあると思い、これからも“悪いスコアーもしっかり受け入れる姿勢”を持ち続け、良いスコアを目指して粘り強くプレーしようと 思っています。そうすることが大好きなゴルフを一日でも長く楽しむ秘訣だろうと感じています。

伊藤 俊

△up

パッティングの難しさを解消する方法

交野カントリー倶楽部のグリーンは難しい。

ところで中島敦氏の「名人伝」と言う書物にこの様な話がありました。弓の名人を志した紀昌(キショウ)と言う男が、小さなものを大きく感じる為に、まずは一瞬のまばたきをしないように目を鍛える。それが出来るようになったら、虱(シラミ)を3年間にらみ続けた。それで馬ほどの大きさに見えた時、男は虱の心臓を射抜いた・・・。ゴルフのパッティングが、これに共通するのであれば、実際これを実行する人が出てくるかも。

3年間見続けたピン穴が、ドラム缶程の大きさに見えた時10ヤードのパットは100%近く入るだろう。それを真剣に考える程、交野カントリー倶楽部のグリーンは難しい。1メータの距離から3パット、4パットする時があるのは、どうもピンを打つ人、プレーをする人、2者の駆け引きも、パターに手こずっているプレヤーを見ると、ピンを打った人はニヤリ。実際プレーをする人は、パターにてこづり、ガックリ。

3年は無理だが3日ぐらいで紀昌程の技を得たいものだ。何故なら70才半ばの私には、そんな時間がもう無い。たまにはやさしいところにピンを打って、楽しい気分にさせて欲しい。

本当かいな、この話。

小島 勇作

△up

「健康の源」それは「ゴルフ」

新緑の季節となった5月度の皐月杯に久しぶりに優勝することが出来ました。昨年からなかなか好スコアーが出なかったところ病気になりまして手術をしました。2ヶ月間ゴルフが出来ませんでした。体には、自信をもっていましたが病気には勝てません。

昨年12月の後半からクラブを振りましたが腹部に違和感があり思いきり振ることが出来ませんでした。毎年、1月から3月まで南半球のニュージーランド(NZ)に長期滞在でゴルフと観光と釣りをしていましたが、今年は、手術後の定期検査のため行くことが出来ませんでした。

ここで、毎年行く南半球の国(NZ)のゴルフ事情について紹介しましょう。ゴルフに係る料金が大変安いのに感心します。特に年配者に対する料金が安いのです。打ち放し練習場(ドライブレンジ)では1篭(100球)が3.5ドル(NZ$1ドル65円)で、ボールは余り良くありませんので飛距離が出ません。又、メートル表示のため、なおさらです。

近所にあるパブリックコースでは、プレー代は年金生活者(ペンショナー)と言えば1ラウンド22NZ$前払いでプレー出来ます。コースは、粘土質の上に芝を張っていて硬いため、かなり飛距離が出ます。残り表示は、メートル表示で135メートル(150ヤード)と90メートル(100ヤード)であるので、ヤード表示と間違えてしまうので大きなアイアンが必要です。

メンバーズコースでは、申込順に退会者があれば入会金は1500NZ$で年会費2000NZ$払えば1年間は無料プレー出来ます。会員同伴でビジターは、40NZ$でプレー出来ます。クラブハウスには、シャワーと更衣室がありラウンジにはアルコール類とおつまみ程度があるだけです。この国では、ビール1〜2本程度飲んでも飲酒運転にはならないようです。(国会で日本と同様に飲酒運転を厳しくする様に検討されたが税収が減るとのことで否決されたとのことです。)

この様に毎年1月〜3月は、暖かい南半球で4月〜12月は、交野カントリー倶楽部でゴルフが出来ることが健康の源であると共に体調管理もして1日でも長くゴルフを続けたいと考えています。

和田 元義

△up

ゴルフとの出会

ゴルフとの初めての関わりは、昭和42年頃勤めていた会社が貿易をやっていてゴルフ場で使う用品や電気カートの輸入販売をしておりました。大阪では池田カンツリー倶楽部等が、当時からキャディ用に電気カートを導入していました。瀬田ゴルフもオープンした頃で仕事に行きました。そして、ゴルフブームで関東に転勤して二輪の手動カートから電動式に変わりつつあったので、関東一円電気カートをトラックに積んで営業回りしました。その後、万博が開催され電気自動車(バッテリー)の縁があって、万博の電気自動車のトップと知り合いで、アメリカ館・ソビエト館で4時間待ちの行列している所を裏口からVIP待遇で入りました。

ちょっとゴルフからそれましたけど、暫くゴルフから遠ざかっていましたが、プレーを始め出したのが昭和53年頃に初めてクラブを購入してコースに出る様になりました。20歳頃からゴルフ場に縁があったので、その頃からゴルフをやっていたら尾崎将司さんより上手になっていたと、時々冗談を言っています。

交野カントリー倶楽部のメンバーに入会させて貰ったのが、平成19年で、私の寝屋川市から近くて、会員の方も品位が良く、ひょっとすると団塊の世代が定年になってゴルフ人口が増えて会員権が上がるな事を耳にしたので一石二鳥と思いメンバーになりました。

会員になって5年間で、最高ハンディ11、優勝2回、2位1回、3位1回、他のゴルフ場では、ホールインワンが1回あります。関西シニア大会にも2回出場させて貰い震えました(御陰様で心臓が強くなりました)。タイにも年1〜2回行っております。ゴルフを通じて色々な方と知り合いになり人生を楽しんでおります。

ありがとうございます。

川相 直機

△up

私とゴルフ

   

この度は、図らずもSクラスの月例で優勝という栄誉にあずかりましたこと、大変嬉しく存じます。誠に有難うございます。一緒にプレーをしてくださった方々、及びお世話くださいました交野カントリー倶楽部の関係各位に感謝の意を表したいと存じます。

私はゴルフを通じて、人生というのを学んだといっても過言ではございません。ゴルフというのは自分の思い通りには殆どならないもので、極たまにイメージ通りのショットが出る程度です。また、思い通りにならない責任は全て自分にあるということですので、言い訳を言っても虚しくなるだけですし、ましてや人のせいには全然できません。これは、皆さん共通の思いと思いますが、私生活やビジネスにおいても全く同じでございます。若いころは、色々と問題が起こった場合、色々と言い訳を考える訳ですが、段々年をとりますと、実は全て自分の実力の範囲内での出来事であり、上手くいくはずであるというのは勝手な思い込みということに気付いて参りました。   

以前にプロを目指されていたハンデキャップ+1の方に聞きました言葉に、「なぜ皆さんゴルフをご自身の仕事と同じ様に出来ないのですが」というのがございます。振り返ってみますと、仕事ではある意味、着実安全に自分の出来る範囲内でのギリギリを考えながら実行していることが多いですが、ゴルフになりますと、成功確率が10%以下でも狙ってしまうことが多々ございます。言われてみるとその通りで、仕事の時の心構えと、ゴルフの時の心構えは少し違うものであったように思います。この言葉をかみしめますと、無理でも適当に狙ってしまう、というのは、やはりゴルフを理解していないということに通じると思います。 

今回、優勝できましたのは、まだまだ未熟ながら、偶々かもしれませんが、自分の出来ることを精一杯できた結果、ということかもしれません。一方で、日頃の自分を忘れて、思いっきり理想の世界に浸りたいという気持ちもございます。それもアマチュアゴルファーの甘えかもしれませんが、ゴルフの楽しみの一つと思います。そういった意味でも、理想と現実の狭間で、研鑚し実力を伸ばしながらゴルフ道を楽しんで、そしてそれの経験を人生に活かして参りたいと思う所存でございます。引き続きよろしくお願い申し上げます。

森 英介

△up

ゴルフとの出会い

   

さる4月8日のAクラスの月例でしたが、この日は中国深センから出張帰りで月曜日には中国の青島へと出張の合間で少し疲れ気味のゴルフを楽しんでいました。朝から力が抜けていてドライバーの調子がよく結果として優勝ができ喜んでおります。

さて、私の「ゴルフとの出会い」ですが、30歳の頃に会社の研修会があり翌日はお疲れ様会として賢島カントリーでコンペがあり初めてのラウンドを体験しました。このコンペは営業とスタッフ凡そ60人全員参加のコンペで、初めての人が半数にもいてスコアーが180はザラで、私は150位で少しはましなほうでした。1ケ月程前にハーフセット購入し先輩に2〜3度レッスンを受けてのデビューでした。今でも言い伝え?のように、初めての方に言われているようですが、ゴルフは「マナー第一、人に迷惑をかけないように」と「打ったらクラブを2〜3本持って走れ」と言われていまして、打ってすぐさま走り出すとキャディさんに、大きな声で「駄目!」とストップがかかる始末でした。ルールも判らない、マナーも判らない状況で今思えばムチャクチャで人に迷惑をかけるデビューでしたが、楽しいスポーツと感じ以降は凡そ7回/年プレーを続けてきました。

50歳の頃に3年間、滋賀へ転勤したのですが、ウィークディはやることがなく飲んで帰るか、ちょうど寮の横に距離が短いゴルフ練習場があり、打ち放題で週2回5〜800球程アイアンショットとアプローチの練習ができアベレージが95位になってきて、少しゴルフを真剣にしようかなと思い始めていました。

そうこうしていると定年を迎え先輩や友人から交野カントリー倶楽部会員の勧めがあり入会させて頂きことになり、月例競技なるものを経験しました。それまでは得意先のコンペや仲間とのプレーで、昼食はビールをグイグイ飲み午後はスコアーより楽しく!!だけのプレー。また体力があったのでしょう、土曜日はゴルフ帰宅後に釣り道具に持ちかえ尾鷲方面にグレやアオリイカ釣りに出発と月2回はやっていましたが、体力が続かず定年後は釣りを封印し楽しいゴルフをモットーに月例では上位を目指すように少しは欲がでてきたこの頃です。プレーしない週末はスイングを忘れないように練習場で100球位打つだけ。パターが下手くそで3パットが必ず2〜3回でるのですが、どうすればいいのか???交野カントリー倶楽部のグリーンは難しいからと言う人もおられますが3パットはなくしたいですネ。

   

あと私のハマっている昼食の定番は「懐かしのナポリタン」とビール小ですが、朝が早いと「朝食定食」も良いですよ!!!何時もおいしく頂いております。またキャディさんが、何時も明るく楽しませて頂いています。これからもよろしくお願いします。

千葉 敏一

△up

月例を振り返って

たしか10数年ぶりのBクラス優勝、前回は同率優勝で、プレーオフ制度のあった時だったと思います。

故障続きで、5・6年前には幾つかの病院からも見放され、好きなゴルフどころか簡単な運動すら出来なくなりました。そんな折、知人に整骨医を紹介され、その先生の「半年か1年位かかるかもしれないが、二人三脚で一緒に頑張って治しましょう」との言葉を信じ、再度治療に専念しました。1年半から2年かかりましたが、何とかゴルフは出来るようになりました。

しかし、ゴルフを再開出来た喜びが強く、体力もない状態で無理をしたのか、又肩や腰、半月板と、治りかけては痛めるという繰り返しでした。丁度その頃、肺気腫からドクターストップがかかり禁煙、食べ過ぎからメタボになり、余計運動不足になりました。

不摂生な生活を送っていましたが、1年程前に、基礎体力を付けなさいと何をしても駄目だとやっと気付き、1時間程度から歩き始めました。又1ケ月位前から、友人に見習って、ラウンド中はカートに乗らないように心掛けています。昔、カート導入の是非についてアンケートがあった時、導入に反対したのを思い出しました。導入されても、カートに乗らないと心に決めていましたが、夏の暑い日、ロングホールの14番、軽い気持ちでカートに乗ってしまい、それからはカートに乗るのが当たり前のように、態度もでかく乗り込むようになってしまいました。

今は、歩いてラウンドしていると、体力の自信もついてきたので、遅行プレーにならないよう、極力歩いてラウンドするよう心掛けたいと思います。そして、この体力回復を機に、Aクラス復帰を目指したいと思います。

最後になりましたが、交野カントリー倶楽部のスタッフ、会員の方々に感謝するとともに、今後ともよろしくお願いします。

斉藤 淳市

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交野桜とファンダ−ズカップ

2012年4月15日 ファンダ−ズカップの準決勝・決勝の日、そして交野の桜が満開の日でした。天気は上々、木漏れ日をボンネットやフロントガラスに浴びながら、満開の桜道(クラブへのアプロ−チ)を登りました。(帰りはどんな気持ちで下るのだろうか・・・・・)。花を愛でる心など持ち合わせてはいない無骨者ですが、桜だけは今は3分だ5分だ、もうすぐ満開だと、思いめぐらせています。交野の桜は有名で、インタ−ネットで調べると「交野桜」は、正しくは「片野桜」と言うらしく、古くは万葉集や新古今和歌集にも詠われている、由緒正しい桜だそうです。

新古今和歌集巻二、藤原俊成の歌

「またや見ん 交野の御野の桜狩 花の雪散る春の明けぼの」

【通釈】こんな光景を再び見ることができるだろうか?交野の禁野(きんや・しめの)に、桜を求めて逍遙(しょうよう)していたところ、雪さながら花の散る、春の曙に出遭った。通釈の通釈が要りそうな「禁野とか逍遙」ですが、意味は辞書をひいてください。交野は昔、一般の人が立ち入ることが許されないところで、古くから桜の名所なのです。そんなに有名な桜とは知らず、無骨者の観点はクラブの風呂場の大窓一杯に広がる桜です。

一方、ファンダ−ズカップの戦いは決勝まで進みましたが・・・・・「敗軍の将、兵を語らず」の言葉通り、戦術・戦略について語る気はございませんが、あきらめ方を語るのも一興でしょう。マッチプレーは、相手にどれほどのプレッシャ−を与えられるかである。いかにしてスコア−メイクにつなげていくか、戦う試練はそこに尽きる。ただし勝負事には「運」もあります。私の座右の銘は「運に任せて自在に生きる」です。運に逆らわず流れに任せ、自分の持っている力で良い方向に変えていく気持ちを捨てない、と理解しています。しかし、4月15日は私の日ではなく、攻めきられ又、運が偏ることもなく17番ホ−ルで敗者となりました。勝てれば、72才で4大競技の一つを手にすることが出来たのに残念この上なしだったが、何事もインシャ−ラだとあきらめました。

インシャ−ラとは、ペルシャ語です。イランで建設工事に従事をしていたとき、イラン人の仕事ぶりが、あまりにも緩慢で、工事の遅れが目立ち毎日いらいらし、怒ってばかりいました。その時イラン人のスタッフから、「インジャ イラン インシャ−ラ」と言われました。「此処はイランだ仕方ありませんよ」だった。インシャ−ラは日本語に当てはめれば「仕方がない」ですが、ペルシャ語の意味は「神の思し召すがままに」です。日本語で、仕方がないと言えば腹も立ち、悔しさも未練も残ります。しかしインシャ−ラ・「神の思し召すがままに」と言われれば そうなのか、今日はダメなのか、とあきらめがつきます(負け惜しみかもネ)。

だけど、この試合で、ある結論を見つけました。月例、ファンダ−ズ、理事長杯、キャップテン杯、グラチャンと公式戦に挑戦される方に、そして民主党の蓮彷さんに言いたい 「2番ではダメ」なんです。

帰りの桜道は満開でありながら、散り急ぐ花片も見られ風流を感じました。これは創設者の(ファンダ−ズ)慰めの心でしょうか?改めて、1階の創設者のコ−ナ−に向き合えば、オ−プンから39年の歴史の中で改造に改造を重ね、戦略性に富んだ素晴らしいコ−スになりました。今日、まさに祝祭(ファンダ−ズカップ)を迎え、創設者と多くの協力者のさざめきが、聞こえてくる気が致します。交野カントリー倶楽部の更なる発展を祈念し、改めて創設者に感謝申し上げます。

志磨 秀明

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私とゴルフ

私はゴルフを始めて約35年になりますが、会員になる前までは、月に1回程度のラウンドで、練習もしたことがありませんし、スコアは90代で回り、スピーディーにプレーすれば同伴者にも迷惑をかけないし、十分だと思っておりました。

数年前、ゴルフ仲間よりスコアアップに必要なのは“運動会”だと聞かされ、なるほどと感心しました。運はまさしくラッキーです。動は道具で自分に適した道具を見つけ出すことです。会はラウンド回数と練習回数です。

これといった趣味もありませんでしたので、今後はゴルフを趣味にしようと、心を入れ替えて真剣に取り組むようになりました。仲間内では、今は仕事が趣味でゴルフが仕事だと言っておりますが相手にされておりません。真剣に取り組めば運も味方してくれるでしょう。道具に関してもドライバーは年に何回も代えまして、やっと1年以上使用しているクラブに出会えました。ラウンドも月5回程度、練習も週に2回は言っております。お陰様で少しはましなスコアになったのかと思っております。

今の楽しみはシニア月例に参加することです。顔見知りの方も多くなりましたし、皆さんゴルフを愛されていますので、とても楽しくラウンドができます。元気にプレイされている先輩方を見ていますと、私も後10年はラウンドしたいと願っております。そのためにも向上心は失わないようにしたいと心がけております。

交野カントリー倶楽部は、コース状態の管理も良いし(特にグリーンは速くて良いですね)、食事もおいしいし(関西のゴルフ場で一番です)、なによりスタッフの皆さんが優しくて親切で良いですね。末尾になりましたが、日頃の感謝の気持ちをお伝えします。

会員の皆様、スタッフの皆様、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

加世 力夫

△up

私とゴルフ

   

昨年12月の新入会会員懇親コンペで入賞させていただくことができました。ダブルペリアといえども、最近不調が続いていて大たたきをするゴルフが続いてる私には一つのきっかけとなりました。このときも2連続OBで、疲れた一日でした。しかし、大東プロのアドバイスのおかげで、新しい目標もできました。今後も、少しづつでも交野で上達を目指して努力をしていきたいと考えています。

   

交野以外でのゴルフといえば、年に1回は、会社の仲間と1泊2ラウンドのゴルフのみという強行スケジュールで地方に遠征しています。ゴルフは、二の次で夜の地元名産品にありつくのが楽しみで5年間も続いています。この旅行は、悪運の強いものばかりか、日本中が雨予報でも私たちの行くところは、悪くて小雨でゴルフに影響しない程度です。

しかし、どこへ行っても一日ラウンドするときに付いてくれるキャディさんにより、ゴルフ場の良し悪しと印象が決まってしまうように思います。トーナメントコースでは、距離をきっちりと人とレベルを見てアドバイスしてくれるキャディさん。和気あいあいとずーーーと話をしているキャディさん。夜の旨い店を紹介してくれるキャディさん(失敗もあるが?)。夜の時間つぶしのギャンブルの店を教えてくれるキャディさん。・・・・ どこへ行っても楽しくラウンドさせてくれるキャディさんが多いように思います。

   

交野カントリー倶楽部でも、キャディさんのおかげで一日を楽しく過ごさせてもらっています。誰をビジターとして呼んでもゴルフ場の雰囲気とキャディさんをほめてもらえます。いつも、気配りと優しい態度に感謝をしております。また、朝の挨拶から、帰りまでスタッフの皆様の行き届いた気配りや親切な対応有難うございます。今後もよろしくお願いします。

八木勝己

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ゴルフスイングとの出会い−そよ風・再開・切っても切れない仲−

少年時代は、終戦後の食べるものが不足し野球道具も十分に出まわっていないときでした。野原で素手と裸足で始めた野球に夢中になり、それからというものは野球漬けの毎日。「守るよりも打つほうが好き」、「少しでも遠くへ飛ばしたい」、仲間うちで「こうすればよい」、「あのような真似をしてはどうか」、「バットの材質は」と色々話し合いながら飛距離アップを目指した光景は、今のゴルフの場でも変わりはない。

14歳のときのことである。新田恭一氏*の「ゴルフスイングを野球に取り入れる」という新説(新田理論)を伝え聞く。その新田理論というのは、「人間の体の動きには、曲げる、伸ばす、ねじる、の3つしかなく、そのうちの動きに順序がある。軸に近いところから動いていくこと。ゴルフスイングでいうなら、右足が軸で最初に右足からねじり始めひざがねじれて、腰がねじれて肩がねじれ、手がねじれる。最後に手が動くもの。」

氏の指導を受けた松竹ロビンズの小鶴誠選手のホームランが、野球少年の間で大きな話題となる。(当時としては夢のような1シーズン51本塁打は、王55本、野村52本に次ぐ記録。)

*新田 恭一
野球指導者 プロ野球監督・コーチ ゴルファー
1916年 甲子園出場(二番手投手) 優勝
1931年 日本アマチュアゴルフ選手権 優勝
(数年後に目にした文献には「新田理論」と呼ばれる打撃理論をひっさげて一世を風靡していた理論派コーチとの記載があった。)

このときは、新田理論を習うまでもなく終わってしまった。また、将来ゴルフスイングと深い関係になろうとは想像すらできなかった。最初に出会ったゴルフスイングは「そよ風」のように通り過ぎていったのである。

8年後、見えざる神の手?によって「再会」することになる。そして、ゴルフスイングの効果が思いもよらないところで。

22歳で就職した会社でも、先輩に入部を勧められて野球を続けることとなる。当時の本社ビルの屋上にはゴルフ練習ネットが張られており、クラブ、ボールまで用意されているのが目に入り、8年振りに新田氏のゴルフスイングのことを思い出した。その年の冬、オフの期間のひまつぶしに、また、バットスイングの代わりになればと、昼休みと就業後の時間を打ち放しに専念。シーズン明けの4月、初戦がY銀行との親睦試合。何と2本のホームランを打ったのだ。もとより、長距離打者でもなく、狙ってうてるものではない。草野球生涯ホームラン数5本のうちの2本がこの1試合でだ。これはゴルフスイングの飛距離効果以外のなにものでもない。今でも記憶に残っていることの1つとして、試合後の親睦会での相手投手(元D大学の投手)の談。「連発を許さないようにと2打席目はドロップ(今ではタテのカーブという)を投げたが見事にもっていかれました」(変化球というのは、ボールが軽いだけに、非力な者にとって、タイミングが合えば長打になりやすいものだ。)。これはまさに、ゴルフスイングのお陰だ。

さて、いよいよゴルフの本番・実戦へ。自身の将来、野球に代わるスポーツは何かといえば、「スイングの共通点」からゴルフだ。しかも「打つだけ」、「守りなし」、「走力不問」だから高齢により体力が衰えても続けられる。ゴルフに取りくみ始めたのは37歳の頃であろうか(しばらく両方を、2本立てですすめていくことになる。)。社内でもゴルフ人口が増加しつつあった時、地方への転勤を機に、まずはゴルフ用にと車の運転免許をとり、庭に手製のネット(近郊の魚網会社で格外品を格安で入手、ポールは会社の格外材料を利用)を張り、軒下に裸電球をつるした即席夜間練習場を作った。そこで連日連夜我流の特訓。キャンパスの的に当る快音にうながされて勇躍デビューの日を迎える。

ところは堺市のAカントリークラブ。私にとって史上初のドライバーショットは3打続けて超スライスのOB、痛恨の極みである。「こんなはずじゃなかった」、「動いているボールが気持ちよく打てたのに、止まっているボールがなんで?」、「あれほど本も読み研究もしていたのに」。以来40年、我流・試行錯誤の毎日が続いている。本番でのゴルフスイングはお恥ずかしいかぎり。目下悪戦苦闘中。「ほんとにゴルフは難しい」。

しかし、一筋の光が見えた。2月グランドシニア杯において幸運にも優勝。これも、同伴して頂いた御三方の背中から発信されるご指導と励ましによるものと感謝の念に耐えない。

これからも何か嬉しいことが起こる事を期待しつつ、あと10年、欲を言えば15年くらいは自然に逆らわず(ゴルフも野球も自然の法則に従えば、上達も早いし、体の故障も起きない:新田恭一)年齢相応のゴルフを楽しみたい。今や、ゴルフスイングとは「切っても切れない仲」になってしまった。生涯の付き合いが続く。

渡部 修

△up

ゴルフの魅力と名言

ゴルフに出会って40年が過ぎた。才能、精進ともに足りず、上手くなることなく古希を迎えた。今や低レベルのスコアにあえいでいる。ヘボゴルファーがゴルフの魅力を語るのはおこがましい。しかし、年齢や巧拙を問わず、体力、技量に応じたプレーが許されるゴルフは実に魅力的だ。実力差をハンディキャップで補い、アンダーハンディ競技を楽しめる。競い合った仲間と新たな交流を深めることができるのは真に嬉しい。また、ゴルフはエチケット、マナーを抜きにして成り立たない。人格向上にこれほどうってつけのスポーツがあるだろうか。審判のいないゴルフでは、自らを厳格に律し、他を敬愛してやまない精神が求められる。紳士、淑女のスポーツたるゆえんである。さらに、コースのなかでは、四季折々の自然が満喫できる。景色や樹木に魅了された日には幸運も手伝い、実力以上のスコアが稀にでる。まさに至福のときだ。

無類のゴルフ好きで、第一次世界大戦時の英国首相ロイド・ジョージはいくつかの名言を残している。「ハンディ30の人はゴルフを、ハンディ20の人は家庭を、ハンディ10の人は仕事を、ハンディ5以下の人はすべてをおろそかにする。」「ゴルフは一番下手が得をする唯一のゲーム。下手ほどより運動ができ、楽しむことができる。名人はわずかなミスにくよくよするが、下手はくよくよするにはあまりにミスが多すぎる。」ゴルフへの厳しい取り組み、上手下手に関係ないゴルフの魅力を見事な諧謔で表現している。ショットが乱れて止めどなくOBがでるとき。打てども打てどもバンカーからでないとき。何度もカップに嫌われるとき。ボールの行方を唖然と眺め、これがゴルフ、と自分を無理に納得させる。実力不足を棚に上げ、ただ運がなかっただけ、と都合よく解釈できるのもゴルフ特有の面白さだ。

第二次大戦時の英国首相ウィンストン・チャーチルには、ゴルフ礼賛の言葉が有名だ。「ゴルフが道ずれの人生は決して退屈することがない。」往年の名士、名プレーヤーの名言は、含蓄ある心に響く言葉が溢れている。ユーモアとエスプリに富んだ名言。レッスンにつながる値千金の名言。ゴルフほど多くの名言を残しているスポーツは他にない。名言を学び、教訓にすることができる喜びは大きい。ゴルフに魅了されたお陰で、退屈を覚えたことはこれまでなかった。交遊の輪が広がり、多くの知己を得たことは何物にも変えがたい。ゴルフへの感謝の念で一杯だ。

最後に、20世紀最高のゴルフ評論家と謳われたヘンリー・ロングハ−ストの名セリフ。「ゴルフの唯一の欠点は面白すぎることだ。」   

大島陽乃

△up

私のゴルフは“運”まかせ!

雨にも負けず 風にも負けず 冬の寒さにも負けず・・・。

2月のシニア月例で初の入賞をしましたが、その日の私には“運”と“交野の神様”が味方になってくれたようです。

昨年末に65歳にして初めてレッスンプロの指導を仰ぎヘッドスピードのUPとドライバーの飛距離の改善に努力した結果、少しはましな球が打てるようになりましたがアイアンが追い付かず、まだまだスコアーにならない日が続いています。“ガマン”“ガマン”の日が続き少しはましになりかけている今日この頃です。

OBの球が跳ね返ってくる、木に当たって真ん中に、トップ球が転がりグリーンに・・・。すべて“運”と“交野の山の神”のなせる業です。我が家では、家の主たる山の神が角を出していますが、交野の山の神はプレーヤーに平等に微笑んでくれています。ただ、少し機嫌が悪くなると交野の蟻地獄にボールを運び痛い思いをさせる。

交野には各ホールに打ってはいけない場所、近づいてはいけない場所が必ずありいかにして、一日そこを避けて通れるかがスコアーにつながります。

調子の良い日は、交野の四季もまた味方になってくれます。さざんかに始まり、梅、木蓮、桜、山桜、つつじ、そして、秋の紅葉と四季折々の花が気分を爽快にして、心を慰めてくれます。

行き届いたコース管理、他に例を見ない微妙なグリーン、的確なアドバイスをくれる明るいキャディさん、親切なスタッフ一同に感謝を忘れず、これからも楽しいゴルフで更に上を目指して頑張り続けていきたいと思います。

植村 腆生

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Aクラス月例杯で優勝して

交野カントリー倶楽部に入会して4月で3年になります。還暦を迎えて自宅から近いゴルフ場でコース管理の行き届いている事と弟がメンバーで一緒にプレーできると思い入会する事にしました。

参加できる競技には積極的に参加してきましたが、成績はいつも悪くてHDCPも入会時の10から毎年下がって今年は13になりました。それで今年のゴルフの目標が決まりました。「Sクラス復帰」です。Sクラスに戻るにはAクラス月例で入賞する他にないと思いました。過去の交野カントリー倶楽部のスコアーカードを見直してみてOBの出ない日が一度もありません。それと同時に3パットの多い事がスコアの悪い原因でした。

今年最初の1月のAクラス月例でも4回OBをだして駄目でした。技術的には今更練習しても腕が上がる訳がないと思い道具(ドライバー)を変えてばかりしていました。前のホームコースのオークモントゴルフクラブでHDCP8までになれた事が今の自分のゴルフの重荷になってスコアを悪くしていると思い悩んでいるそんな時に故中部銀次郎氏(日本アマ6度制覇)の本に出会いました。ゴルフは気持ちの持ち方でスコアが大きく変わる。又過剰な欲が心の負担になってミスショットするとも書いてありました。自分はドライバーで飛ばそう、アイアンはグリーンに乗せよう、アプローチは寄せよう、パットは入れようと欲張っていました。

2月のAクラス月例は心の準備をする為に、まず練習グリーンに一礼して入りパット練習してINのスタートホールで同伴競技者やキャディさんはもちろんの事ですが、コースにも初めて「よろしくお願いします」と挨拶してティグランドに上がりました。すると不思議にも気持ちが落ち着き欲を出さないプレーを第一に考えてティショットは3Wでアイアンはグリーン真ん中を狙いパットは2パットで良いと思い淡々とプレーする事を心掛けました。

その結果、ミスショットしても13回(HDCPの数)は大丈夫と思いカッカせずに平常心でプレーが出来てOBがでなくて3パットもなしでおまけにバーディが3回も取れて月例の優勝につながりました。表彰式に出席して下さいました競技役員の方から「4アンダーの優勝だからSクラスに戻れる」と言われた時に、今年の目標が早々と達成出来てうれしくなりました。Sクラスになっても欲張らず頑張ってプレーします。

最後で申し訳ありませんが、交野カントリー倶楽部のスタッフの皆様の行き届いた気配りや親切な対応有難うございます。これからもよろしくお願い致します。

寺東 雅男

△up

交野カントリー倶楽部に入会して

先ずは、入会に至った経緯から、最初に少しお話ししたいと思います。昨年の夏頃に、家から近いゴルフ場を探しておりまして、15年前に何度かプレーした交野カントリー倶楽部を思い出し、当カントリー倶楽部の入会の方に連絡を取り、現在の状況などを聞き直ぐに、エントリーして、プレーさせて頂きました。プレーを終えて、特に、印象に残った事が、フロントスタッフの接客、コースメンテナンスの良さ、キャディさんの心遣い、そして、プレー後レストランの雰囲気の良さを感じ、楽しませて戴きました。特にプレーヤーに取っては、グリーンの仕上がり具合の良さで、グリーンが非常に速い事に吃驚しました。それが、特に、気に入り交野カントリー倶楽部の入会を決めました。

また、入会してから、最近では、朝のハーフ練習をするとか、基礎体力を付ける為に、運動したりとかで、ゴルフに対する姿勢が少し変わった様に思います。それから、プライベートで、交野カントリー倶楽部を何度かプレーをして、難しいコースと云う事を有々と知らされました。その後、11月から月例に参加させて戴き散々なスコアーが続き、4カ月目の2月月例で、何とか3位に入賞し、その試合のフロントランナーで、まずまずのスタートを切りましたが、最後のホールでトリプルボギーを叩き46になり、その出来にバックナインは、何も考えずにスタートしたところ、7番ホールまでイーブンパーで、プレーしている事に気付き意識した為に、ダボとボギーを叩き、上がったら39のスコアーで終わりました。その30代のスコアーが自分では、手応えが有ったと思います。その時、若しかしたら、良い順位に成るかもと、同伴メンバーの人に言われました。

この試合で、分かった事が有ります。それは、意識をすると自分にプレッシャーを賭けてプレーが、思う様に出来なくなるので、、成るべく無心、無欲でプレーをする事が大事だと、特に痛感致しました。それは、優勝者スピーチの中によく出てくるコメントなのですが、解っているが出来ない。その精神的な面をこれから、交野カントリー倶楽部で、勉強させて頂き成長出来ればと思っています。また、それが、私の飛躍に繋がると信じています。

これからも、この入賞を経験に今後、優勝を目指して頑張って行きたいと思いますので宜しくお願い致します。

佐藤 幸雄

△up

Bクラスに優勝して

2012年2月Bクラスの月例に優勝できました。

今年1月よりBクラスへ移り、もう一度Aクラスへ帰りたいと思っていたやさきのこと。パープレーできれば上々と寒い中スタートしましたが、OBなし、ラッキー多数の1日は寒さを感じませんでした。しかし、1週間前は距離感の無いアイアンでラウンド100でした。それがまさかの出来事です。

私はラウンド前、気を付ければ出来そうなものを目標に掲げスタートします。その日は3パットしない事でした。簡単なようでなかなか難しいものです。パーを狙いにパターすればオーバー、下りもなかなか止まらずオーバーして3パットしたり、フックと読んでパターするとスライスしたり、またその逆もあります。交野カントリー倶楽部のグリーンの攻略はなかなかです。

優勝するときにはいくつかのラッキーが重なるものです。今回はOBと思ったドライバーが2回ともセーフ、下り坂の強いパットがカップ真ん中からカップインなどなどありました。女神様が微笑んでくれたようです。たくさん叩いた時は体を動かし、健康に良いことをした、と思い成績の良い時は気分の良い一日と思いどちらにしてもゴルフは楽しいものと思いながらこれからも続けて行きます。

最後に何時も心よく接していただく交野カントリー倶楽部スタッフの方々に感謝するとともに、今後ともよろしくお願いいたします。

   

荒木 弘之

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私とゴルフ

初めまして、三位所勝美と申します。

私の親父は45歳の手習いでゴルフを始めたようです。私は20歳過ぎ、親父に打放しに連れて行かれた後、樟葉カントリーが初プレーと記憶しています。その後、何度か親父の会社の方々とプレーをした時、技術面で一番感じたことは百ヤード前後で何故あんな風にボールを上げる事が出来るのか不思議でなれなかった事を今でも覚えています。

その頃の私は、親父から技術よりゴルフエチケットを徹底的に教わりました。「次誰だと思ったらお前が打て」、「バンカーからバンカーへは走れ」、「プレーを早くしろ」とプレーの反省どころではありませんでした。しかし、私にとってはそれが非常に良かったと思っています。

昔、「ダンプカー一杯打ってからコースへ出ろ」など言われていましたが、それも大切な事ですが、やはり特にゴルフはエチケット・マナーのスポーツです。昨今、セルフが多いでけに、より守って欲しいものです。

そんな私も、100の壁を経験し90の壁に苦労した頃に、山陰へ転勤となりました。場所的には、ゴルフ環境には非常に良い所でしたが、暫くして磯釣りへと嵌ってしまい、ゴルフバックは車のトランクから玄関へ、最後には押入れへと移り、年一回のゴルフと全く興味が無くなってしまいました。島根半島や隠岐ノ島へと4〜5年釣りバカ状態が続いていましたが、新人に「ゴルフを教えてやる」と言ってから一転、釣り道具が押入れに入る羽目となってしまいました。それからは、以前以上にゴルフへの取り組みも変わり、90の壁そして80の壁もたまには破れる程になってまいりました。

今回、関西に戻り何処をホームコースにと検討していましたが、会社の先輩から勧められていた交野カントリー倶楽部で数回ゴルフし、メンバーを重視した経営や戦略性、コースメンテナンス、エントリーの取り易さ、我が家(奈良市)から35分の利便性に惚れ、昨年メンバーに入会させて頂きました。

これを機に、40年程自己流で通していたのですが、1ケ月間だけでしたが、プロのレッスンを受け、助言も受けドライバーも新調いたしました。そのお蔭か、初めてのシニア月例杯参加で、2位に入賞することも出来ました。今後も、メンバーの皆さんと四季折々のコースの景色を楽しみながら、もちろんハンディアップの為の努力も惜しまずプレーをしてまいりたいと思います。

三位所 勝美

△up

フォーム作り その3

昨年の9月、久しぶりに先輩T氏とラウンド中、「久瀬君、ドライバー飛ぶようになったな。誰かプロに教えてもろてんの?」と言われ、そういえば交野カントリー倶楽部のメンバー仲間からも「飛ぶようになった!」と声を掛けて頂きながらにわかに信じられなかったが、先輩のこの一言で確心した。実は、一昨年シニア選手権で“夢の実現”には、ドライバーの飛距離とパター技の向上が不可欠と再認識し、腹筋・背筋と腕立て伏せに加え、週5日の練習場通いと共に300回の片手素振りを続けて丸2年、念願のドライバーの飛距離がどうやら伸びてきたようだ。

筋力強化の甲斐あってドライバーの飛距離が伸びた結果、バーディの数が飛躍的に増えた。昨年1月から先輩T氏とのラウンドまで交野カントリー倶楽部だけの37回のコンペでバーディが14回あったのに対し、T氏とのあとから今年1月のシニア月例杯までの16ラウンドで何とバーディが、13回取れたのだ。8割の確率である。そのシニア月例杯で久々に入賞した時も1回取れた。バーディが増えた分スコアも良くなったかと思いきやそうではなかった。T氏までの37ラウンドの平均スコアが91.5に対し、後の16回の平均は91.0で余り改善されなかった。

パット・アプローチ、様々な要因が考えられるのだが、最大の原因はOBの数の多さであった。前半37ラウンドでOBが35個出たのに対し、後半16回では何と23個もOBを出したのである。9月11日の月例では、5発も出して見事沈んでしまった。

バーディが増えても、それ以上にOBを量産していては元も子もない。知人のS氏は、アレヨ・アレヨと言う間にハンディ9まで上げられた。このままではいけない。“夢の現実”には、アプローチやパターの改善も 残っている。OBを出さないフォーム作りを急がねばと思い、今秘策を練っている。本当にゴルフは難しい。

久瀬 良夫

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『ゴルフへの挑戦』

香里森田ゴルフの橋本健と申します。入会して約3年になりました。この度の1月Sクラスの月例で優勝させて頂く事ができました。天候も良くパートナーにも恵まれ、素晴らしいゴルフができたと思います。入会当初は、OBと3パットの数が、かなり多く、良いスコアでのラウンドができずに、コースの罠にはまりっぱなしでした。

去年の、夏くらいから徐々に良くなってきました。その要因は、コースに少し慣れてきた事そしてクラブを変えた事と考えております。以前使っていたクラブは、なかなか安心してスイングすることができなくて、コースに出ても、迷いながらスイングしていたので、まっすぐに飛ばないし飛距離も出ていませんでした。

今使っているクラブは、狭いホールでも振れるという安心感があるので仮にミスしてもあまり考えなくなったことが、OBの数が減少につながったと思います。一回失敗すると、色々考えて次も失敗するケースが多くうまく切り替えができませんでしたが、そのようなミスが、徐々に減ってきました。また、以前より距離も伸びてきたように思います。自分に合ったクラブでスイングすれば、ショットも良くなり、力まなくなってきます。スイングもまた、変わってきたような気がします。いかに、『ストレスなくスイングできるクラブに出会える』事と思います。

この難コース交野カントリー倶楽部は、プレッシャーのかかるところが多くあります。1番ホールや6番ホールのティーショットやグリーン周り、バンカー、高速グリーンなど悩み出したらきりがありません。平常心で、あれこれ考えずに、気持ちよくスイングできるようにクラブのセッティングをして望むようにしています。今、1番の悩みがパターで、なかなか克服できていないのが現状です。次回の月例で、秘密兵器を試そうと思っています。この先も更に、クラブの試打をして、練習量を少しずつ増やすよう努力し、店でお客様にも言ってることですが、「ゴルフは、クラブが重要」というのを証明できるよう、今後も、良い成績が残せるように頑張りたいと思います。

橋本 健

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シニアゴルファーとして

私は団塊世代の一員です。ゴルフは、40歳の時に知人に教えて戴いて交野カントリー倶楽部に入会し20数年経ちました。以降、仕事と生活に必要な時間以外に余暇が取れればゴルフに行くことばかり考えて来ました。

悪友と共に毎年、海外遠征に出かけるようになり、4年程前にはバンコクでデモ隊による空港占領のため、ウタパオ基地から飛び立つまで出国出来ず、余分にゴルフをして過ごし仕事に穴を空ける羽目になったこともありました。

ゴルフは本当によく出来たゲームだと思います。技量のみならず、本人の性格と状況を反映して結果が出てくるものと堂々思わざるを得ません。アマチュアゴルファとしては、仕事ができゴルフが巧くて友人に恵まれれば楽しいカントリーライフが送られるものだと思っていました。残念ながら、私は技量がなく性格が弱く、健康管理も出来ておらず、おまけに集中力に欠ける人間で、長い間プレイさせてもらっているのに自分で満足できるプレイが未だに出来ません。

先輩方に聞くと、今の長寿時代でも全てのシニアが元気な訳ではなく、元気なシニアだけがゴルフをしているのだそうです。とりあえず、今年から私は元気なシニアになるため、毎日、クラブを振ることにしました。目標は、クラブを振り切ること、1ホール毎に集中すること、決して投げないプレイヤーになることです。

若いプレイヤーが増えることがゴルフの振興に必要だとは思いますが、自然の中で育ったシニア世代が元気に戸外で走り回れるゲームとしてはゴルフは最高です。他人に迷惑かけずに無心で楽しもうではありませんか。

石川 宗一

△up

1月度グランドシニア杯・4アンダーで優勝して

早朝一番スタート(OUT)のティーグランドに立つと、ガスというのかモヤというのが流れて50メートル先が見えない状態でした。多くのプレーヤーは、フロントやマスター室前で、今にも降雨が来そうな中、心配そうにスタートしようか、やめようかと迷っている姿が目立ちました。私たちの組でも1人キャンセルされ、渡辺 猛氏・桑田 忠氏の3人は、濃霧の中、勇気を出してスターとしました。

NO.2グリーン当たりは見えない中、ティーショットは全員ナイスショット。ところが私の3打目のアプローチは、残り120ヤードを9番アイアンでのせるつもりでショットしました。ところがグリーン手前のバンカーに入り、それが目玉となり、足元が定まらない状態でショットしたところ、目玉がはずれ下までころり、また目玉。とうとうこのバンカーでは6打の大たたきで万事窮す(ばんじきゅうす)。出足のつまずきでやる気をくじかれそうになりかけた時、NO.3グリーンではパーで上がれ、息を吹き返しました。その後の各ホールでも3パット無くホールアウトできました。INコースのハーフでは、思いがけなくトータル42で周り、4アンダーとなり奇跡のような結果がでました。

ゴルフとは不思議なものですね。「たら、れば」でいえば、バンカー6打を2〜3打減らしておけば6アンダーの新記録となったのに、3打目から焦りだしてスイングを急ぎ過ぎしなかったらとか、登り120ヤードは8番アイアンで打てっいればよかった・・・など。ゴルフは簡単なものではないことを悟りました。狙い過ぎてもいけないし、冬場は大きめに打てばグリーンオーバーするしね。

今回の優勝できたことから気がついたことを3点挙げてみますと、

@バンカーの目玉は、無理して打たないで、アンプレアブルする。

Aある部分の失敗は、腹を立てないで、腹式呼吸法を意識的に強くして、肩・胸・腕の力を抜く。

Bグリーン上でのパターは、足元の構えをしっかり決めて(安定させて)ゆったり掃くようにスイングする(お先に失礼はミスが多くなる)。

今回の勝利の大きな軸は、キャディさんの動きによるものと感じました。

落ち着いた仕草は、とても安定感が得られました。ありがとうございました。

珠数 泰夫

△up

ゴルフとの出会いと別れ

私は、平成17年交野カントリー倶楽部の会員を父から譲り受けました。当時の父はまだまだ元気でしたが、その後脳梗塞を患い闘病の結果、昨年12月13日に天国へと旅立ちました。その父の弔いの意味も込めて挑んだグランドマンスリーの場で3位入賞出来た事は大変うれしく思います。

私が初めてゴルフを経験したのも、父に連れられて来たこの交野カントリー倶楽部でした。当時はゴルフが楽しいのではなく、美味しい昼食を食べられるのが楽しみで、言われるがまま付いて行ったのを覚えていますが、今はゴルフが楽しみで楽しみで朝から早起きしそわそわしながら準備をしています。

そして、この交野カントリー倶楽部を通じて多くの方々と知り合う事ができました。その皆さんは私の人生を豊かにし、また、明るくして頂ける方々ばかりで毎回楽しくラウンドさせて頂いています。また、2009年2月15日3番ショートホールで夢にまで見た「ホールインワン」を達成することも出来ました。「えらいこっちゃ!」と思いましたが、少しの保険でささやかな記念コンペも開催することも出来、私の人生の大切な思い出となりました。

私は、ふと交野カントリー倶楽部のコース上で父と一緒にラウンドしたことを思い出す時があります。「ここのホールでナイスショットやったな」とか「ここのホールでは苦戦してたな」と思い出すのですが、よく考えるとこの交野カントリー倶楽部は父との思い出の塊であり、また、私のゴルフ人生の出発点でもありました。そして、そのすべてが父のお蔭だと、改めて感謝しています。

昨年は、東日本大震災があり、そして、友人や父が亡くなると言う最悪の年ではありましたが、グランドマンスリーで3位入賞できたことは、今年が少しでも明るい年になる展望だと期待し更なるゴルフ上達に向けて努力して行きたいと思っています。最後になりましたが、被災地の一刻も早い復興を願うと共に、昨年亡くなった父・友人・震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

山田 健治

△up

私とゴルフ

新年早々、幸運にもシニア月例杯で優勝でき大変嬉しく思っています。

1997年12月の月例杯Bクラスで3位入賞して以来、14年振り7回目の入賞でした。これまでの記念のカップ6個は拙宅の飾り棚に並べており、交野カントリー倶楽部での思い出が積み重なりました。

私のゴルフ歴は32年。42歳で台湾勤務時に端を発し、本格的にゴルフに熱中するようになったのは、その後、二度のジャカルタ勤務に始まります。公式HCは、生涯最高となる海外での12がありましたが、現在は23で100を切るのが精一杯です。現在の主眼は専ら健康維持。ミドルホールで二度のイーグルの経験はありますが、ホールインワンは未だ経験しておりません。元来、練習嫌いで、フォームは我流、決して美しいとは言われず、力強いとか理に叶っていると言われるのが最高の褒め言葉のようです。

私が交野カントリー倶楽部に入会したのは、1988年7月で、日本経済が正にバブル期に入り、ゴルフも大ブームになり会員権も高騰し続けていた時でした。当時は入会してもエントリーが難しく、必死になって電話していたものです。交野カントリー倶楽部を選んだ理由は、拙宅から近く、知人のメンバーが多く、コースが良かったからです。入会後、既に23年経過しようとしておりますが、東京や海外の転勤があり、通算11年間のブランクができました。

漸く大阪に帰還してみると、当時のゴルフ仲間は、亡くなったり、高齢化でプレーから遠ざかってしまわれ、必然的に交野カントリー倶楽部でのプレーは減少、出身会社のOB会や同窓生との遠隔地でのプレーが増えています。しかし、一昨年より、時折、交野カントリー倶楽部シニア月例杯に参加するようになり、殆どが初対面の方々とのプレーですが、一人でのエントリーにも違和感がなくなり、徐々に交野カントリー倶楽部でのプレーが増え、今般上述の幸運に恵まれました。

これからも老化防止・健康維持のため出来る限りゴルフは続けるつもりですが、高齢化と共に現在のゴルフ友達も年々減少傾向にあり、徐々にプレーから遠ざかってしまうのではないかとの懸念があります。斯かる寂しい事態を回避するには、自ら積極的に、交野カントリー倶楽部での交流を広げると共に、OB仲間や同窓生とのコンペも私にとっての近場になる交野カントリー倶楽部で開催できるよう努めていきたく思います。又、主として海外での経験ですが、気軽に出掛けたカントリークラブで、偶然、意外な国の意外な方々との交流が生まれ、何時までも忘れられない貴重な思い出になり残っております。

交野カントリー倶楽部でも、身近に斯かる意外な出会いが出来ることを期待しております。

田邉 肇

△up

私とゴルフ

年が改まり今年は震災後の復興に向けて日本経済が躍動する一年であってほしいものです。

私は60歳で会社を息子に譲り5年がたちました。今は毎日、会社に行って朝8時前から午後6時まで雑用して給料を貰っています。年金では生活が出来ませんので、昭和20年以後の生まれた私と同年代の方は少なくてギャップがあると思います。

さて私とゴルフに付いて、去年11月にシニア月例で2位になった事で12月に11年度のシニア月例で2から3位の入賞者対象に入賞者杯競技があり、偶然にも優勝することが出来ました。

私の憧れている方から「(まさかねえ)貴方が優勝するとは」、と言われました。私は(褒め言葉)に解釈しました。去年は、年末に偶然なことが2回も続きました。事に依って今年はその偶然ではない様に日々練習し何時の日か叉再現したいと思っております。

最後に交野カントリー倶楽部の方々の素敵な笑顔に感謝して年初早々の投稿とさせて頂きます。

金光 次郎

△up

ゴルフはメンタル?

私は、交野カントリー倶楽部オープンと共に入会させて戴いたので、交野のクラブライフは、もう四十年近くになります。そして昨年は、後期高齢者の仲間入りをして、あと何年ゴルフが出来るかを考える時期を迎えています。

入会させて戴いた当時は、今と違ってゴルフブームの全盛期でもあり、なかなかエントリーしにくい状態が続きました。それがバブル崩壊によって自分の都合に合わせてゴルフが出来る幸せな時代を迎えて、しかも、プレー料金も下がり、今が一番楽しいゴルフが出来ているように感じています。

年令と共に飛距離が落ちて、アプローチが下手になり、パターの感覚が鈍って来るのは致し方ないとは分かりながら、それでも練習場に通って少しでも維持、上達したいものと無駄な努力を重ねている今日この頃であります。

経験を重ねるにつれ、コースの攻め方なども熟知しているはずですが、あちらに打つと傾斜面、こちらに打つとバンカーやOBなどインプットされているため、真中を狙うしかないとなると、身体が萎縮して、のびのび打てず、力が入って、ミスしてしまうことの繰り返し。やはり、ゴルフは、メンタル。これは幾つ何十歳になっても、同じではないでしょうか?結局、何も考えずに、無心になれた時がベストとは言うものの、これには、豊富な練習量に裏付けされた自信があって、初めて不安なく、無の境地になれるように思います。

今回、新年杯に入賞させて戴きましたが、どうせいつものような結果と考えて、寒風の吹く中、諦めに似た無の境地でプレー出来たのが良かったのではないかと考えています。

メンタル克服は、無心からではないでしょうか。

見立 嘉三郎

△up

我ゴルフ人生

私とゴルフの出合いは41歳の時でした、周りからゴルフに誘われ続けていましたが、止まったボールを打って何が面白いのかと馬鹿にしていました。ところが、いざやって見ると自分の思った所にまったく打てず、悔しくてそれから時間を作って練習に練習し、ラウンドしたがなかなか上手く行かずいつの間にかゴルフにはまってしまいました。

そこで新しくオープンするゴルフ場に入会し、5年で何とかシングルになる事も出来ました。そして、競技委員としてクラブ競技やクラブライフにもメンバーの意見を聞き色々努力しながら楽しませてもらい、夢のクラブチャンピオンにもなれ、インタークラブの代表として試合に出る事も出来ました。

しかし、ゴルフ場が民事再生にかかり経営が変わってから今までの楽しかったクラブライフが嘘の様にビジター中心の運営に変わり、私も競技委員も辞めゴルフ自体の興味も薄れラウンドする回数も年々少なくなっていたのですが、去年私も65歳となり、自宅から近くてもう一度昔の様にクラブライフが楽しめるゴルフ場は無いものかと探していると、以前何回かラウンドした事のある交野カントリー倶楽部を思い出し早速視察プレイをさせて頂き、コースメンテナンス特にグリーンの素晴らしさに感激しました。他クラブでは4大競技をする時の状態と早さだったのです。考える事無く入会させて頂きました。

しかしコースはラウンドを重ねれば重ねる程ボールの落としどころを考えて罠にはまってしまい、スコアのまとまりが無くなり難しさを一段と感じています。入会させて頂いて1年を機に交野シニア会にも入会させて頂き、よりクラブライフを楽しもうと思っています。

最後になりましたが、キャデイーさんの笑顔と的確なアドバイスの素晴らしさ、食堂の食事の美味しさとスタッフのテキパキとした動作の素晴らしさ、朝一番の事務スタッフの笑顔での対応、今は本当に入会して良かったと凄く満足しています。これからも交野カントリー倶楽部をより好きになり、残りのゴルフ人生を楽しくさせて頂きますので宜しくお願いします。


長谷川 孝志

△up

シニア月例杯1年振りの入賞にて

1年に1度は入賞したい気持で、11月のシニア月例杯での1年振りの入賞が嬉しく、特に、後半ハーフ41が、参加者75名中のベストスコアであったことにとても興奮しています。これは、ハンディ23の私に普通にでるスコアではありません。これには、ここ1年間、スウィングとグリップの関係を執拗に追究してきたことが、成果につながったのではないだろうかと、内心いささか自負しています。

従来までは、ウッド類のショットはまずまずのできでしたが、アイアンショットが上手くできずに悩んでいました。そこで、アイアンのダウンブローの打ち方を追究して、 縦のリストワークを使うことと、これにマッチしたグリップの形を見つけ出し、ウッド類の横のリストワークとこれにマッチするグリップの形とは全く区別してプレーしました。その結果、それぞれの特徴から、アイアンショットは確実にできるようになり、ドライバーは以前より安定するように変わったのです。

さらに、パッティングについても、早いグリーンでのロングパットとショートパットのグリップの形と打ち方を追究して、距離や傾斜に応じて4パターンを用いた結果、ハーフで、3パット1回だけで、パット数を17まで減らすことができたのです。これらに伴って、アプローチやリカバリーショットも少し向上していたことも、よい結果に結びついたのではないかと思っています。

今回が、運や付きによることではないことを信じ、迷いが少しなくなったような気がして、これから多少は自信をもってチャレンジできそうです。次の目標は、少しでも遠く、且つ、ピンに近くであり、ショット数をできるだけ少なくして、来年もう少しハンディキャップが少なくなるように、又、次の入賞を楽しみに頑張りたいと思っています。

今回の入賞にあたり、いつも一緒にプレイして頂いています北村様、畔元様に感謝申し上げます。日頃お世話頂いていますゴルフ場経営のスタッフやキャディの皆様に、御礼申し上げます。

日 隆太郎

△up

11月度シニア月例入賞について

私は交野カントリー倶楽部に入会したのが10年前位になります。以前は奈良の会員券のかなり高い所を持っていましたが、其のゴルフクラブを所有する銀行が倒産してしまい、私は間一髪(6ケ月)前位に返却に応じて貰い、お陰で被害が少なく済みました。

その後、得意先の紹介で近畿に3ケ所を保有している倶楽部の会員券を買いましたが、此処も叉倒産してしまい、自宅から近い交野カントリー倶楽部を友人に紹介して頂いて今日に至っています。

交野のメンバーになった理由は、自宅から近く、コースメンテナンスが非常に良い。キャディさんが何時も笑顔で接してくれ、交野カントリー倶楽部で働いている方々が何時も親切に対応して頂いている。以上の事で会員コースは此処だけです。

私は60歳までは月例クラスを含め、月2から3回でしたが60歳に成ってシニア月例に参加する様になりました。偶々11月のシニア月例で入賞することが出来ました。この時はフェアウェイウッドが不調で徹底的に刻みに徹した結果であります。叉一緒にラウンドして頂いた書先輩氏のお陰であります。これからも日々練習しゴルフライフを楽しみたいと思います。

金光 次郎

△up

ゴルフ

11月のレディース杯で優勝させて頂きました端野です。ここ最近、少し調子は良かったのですが、よもや・・・この私には無いと思っていました。この「無欲」が良かったのでしょうか?本人も驚きの中、参加したお友達に拍手を貰いとても嬉しく過ごせました。

その2日後の「霜月杯」この調子と交野カントリー倶楽部に向へば、下から2番目という結果に、主人には、大笑いされてしまいました。ゴルフって不思議でおもしろいと益々好きになりましたし頑張ろうと思っております。

この所、スポーツ界では、女性の活躍が目立っております。交野カントリー倶楽部でも以前より女性の姿が多く見られる様になって喜んでおります。私が、「今日はゴルフ」という時は、いつもより朝早く起き、洗濯・夕食の下準備、子供・主人に文句の出ない様にしています。そしてゴルフなら主人との会話もつきる事無く楽しいものです。

でも女性の「ゴルフ寿命」と考えると家族等の事で中断も有るだろうし体力的にも短いと思っております。だから私は、今を大切に、出来る時に出来るだけのゴルフを思いっきり楽しんで行きたいと思っています。

まだまだ頑張りますので宜しくお願いします。皆様もお体を大切にして、ゴルフを楽しんで下さいませ。

端野 絹枝

△up

とき、すでに遅し・・・

坂本竜馬と近藤勇がゴルフで対決するという桂三枝師匠の創作落語「ゴルフ夜明け前」という名作があります。その枕、三枝さんが杉原輝雄プロと実際にラウンドした折のエピソードで、三枝さんのセカンドが前方を樹で妨げられ、樹の右か左のどちらを狙うかをプロに助言を求めたところ「樹を狙いなさい。狙った処に球は行きませんから・・・樹には当たりません!」確かに狙った処に行かないが故に苦労するのがゴルフであります。

噺は、ゴルフが人間関係に役立つと夢中になっている竜馬が中岡慎太郎を伴って近藤と沖田総司を誘う。近藤と沖田は初体験ですが、素直な沖田は教えられた通りにポーンと球を打つと見事、花道へ!。一方、それを見て負けず嫌いの近藤は力みまくって散々な結果に終わり「所詮ゴルフなど戯言だ、剣の道にさしさわる」と負け惜しみを言いつつ、実はその楽しさに取り付かれ、こっそり剣をゴルフグリップに握り“きつねーうどん”(今ならチャーシュウメン)と、リズムをとりながら素振りをするなど、すっかり虜になってしまうという、ゴルフ好きには含蓄のある落語であります。

ゴルフ愛好家を大別して、シングル目指して日々精進のトップアスリート型と、練習など気休め程度、気の合う仲間とワイワイがやがや、後の宴会が楽しみというタイプに分かれるようです。私はといえば後者のタイプ、当然腕前はイマイチ、それでも成績が悪いと人並みに悔しいのですが、一晩寝るときれいさっぱりという始末です。

数年前、ロサンゼルスへ友人と二人で旅し、パブリックゴルフ場で偶然居合わせたアメリカ人二人とラウンドする機会がありました。80歳位の老人で、実にのんびり、急がず騒がず、スコアもつけず、グリップの先にホールに入ったボールをつかんで拾う仕掛けの付いたパター(屈むのがしんどい老人に最適)でヒョイとボールを拾い上げながら楽しんでいるのです。こんなゴルフの楽しみ方もあるのだと、自身の数年後の姿にダブらせたものでした。

一方で交野の会員で上級者のKさんHさんと近年、一緒にラウンドさせてもらうようになって、ストイックなまでに日々精進、真摯に取り組まれている姿勢に触れて刺激を受け、何事も始めた限りはやはり“高み”を目指して努力すれば、何かを得られるのだと悟ったのですが・・・時すでに遅く、年齢というカベが立ちはだかって如何ともしがたく、やはり“ワイワイがやがや派”でゴルフライフを終えるしかなさそうです。

それでも、交野カントリー倶楽部では3年前に月例会の5番でホールインワン(長年掛けていたホールインワン保険解約直後で、めでたさも中くらいでしたが)。そしてこの11月のグランドシニア月例杯で優勝という喜びを味わいました。そしてラウンドを終えて帰宅後のいつもの妻の「100切った?・・ダメ・・もうゴルフ止めたら」の決まり文句は当分口封じできそうであります。

西尾 誠泰

△up

月例杯優勝…グランドマンスリーへ向けて

実に2年と8か月ぶりの月例杯優勝でした。前回は3月のAクラス月例にて優勝をさせていただき、その年のグランドマンスリーでも優勝させていただけてとても嬉しい1年の締めくくりをすることが出来ました。

今回は11月のSクラス月例でしたので、すぐにグランドマンスリーが控えています。ぜひまたよい結果が残せるように頑張りたいと思っております。

僕がゴルフを始めたのは28年前、まだウッドがパーシモン全盛の時代でした。それから、メタウヘッドからチタンヘッドへと移行し、シャフトもスチールからカーボンが主流の現在、アイアンもマッスルバックからキャビティバックへと道具は、進化という名のもとに、かなり変貌していきました。その中で、肝心なスイングは?というと少々の違いはあれど、基本的な動きに変わりはなく…っていうイメージを僕は今まで持っていたのですが今年7月に僕のゴルフを変える事件が起こりました。

それが無料体験レッスンです。それを受ける機会があったので受けたところ、目から鱗が!! 基礎中の基礎は確かに変わらないのですが、体重移動の仕方等が大幅な又は真逆的な違いがあり、ここでは長くなるので書けませんが、現在はその無料体験以来そのレッスンプロに教えを頂いています。言い訳になりますが、今年のクラブ選手権では、そのスイング改造が間に合わず、予選からつまづき何とか決勝に残れたものの1回戦にて悔しい思いをしてしまいました。それから約1か月ようやく新しいスイングにも慣れてきたところで、見事月例杯の優勝という結果を頂くことが出来て本当に嬉しかったです。

いつ来ても、見事なコースメンテナンスそしてキャディさんをはじめとするフロントやスタート室、レストランの優しいスタッフに感謝しています。また、よそのゴルフ場でプレーする時でも大抵の方から褒めて頂けるのでメンバーである事に嬉しく思っています。そんな交野カントリー倶楽部のインタークラブ選手にゆくゆくはなれるように、もっともっと精進していきたいと思います。

有り難うございました。

高木 昌昭

△up

私のゴルフ歴

20代半ば仲間とゴルフを始めましたが、ハーフ廻って3時間待ちというゴルフブームの時期ですぐに辞めてしましました。

昭和の終わり、人の薦めでとあるコースのメンバーになり、平成元年オープンと同時に一からゴルフを始めました。それ以降、ゴルフのむ難しさ・奥の深さを痛感しています。65歳を期に自宅(東大阪市石切)から近い所と交野カントリー倶楽部に入会させて頂きました。

良く整備されたコースの素晴らしさ、特にグリーンの質・速さは近畿圏では最高と他のコースのメンバーに自慢しております。その仲間達との当倶楽部でのラウンドも土日は難しくあまり実現していません。交野カントリー倶楽部に入会させて頂いて5年ですが、以来倶楽部競技には常に一人で参加させて頂いております。

色々なメンバーの方々とラウンドさせて頂いて思います事が、特に80歳を超えても御元気に何ともいえない良い雰囲気でゴルフを楽しんでおられる大先輩の姿に感動しています。私も10数年後には是非あの様になりたいと夢見ております。

ゴルフとは、常に開眼し、またすぐに迷路にはまりの繰り返しで前にはなかなか進めないものです。ある時は、ショットが良くてもアプローチ、パットが悪く、又、ドライバー、パットが良くてもアイアン・アプローチが悪い等です。年に数回稀にすべてのショット、パットがうまくかみ合い自分でも驚くようなスコアが出ることがあります。

10月のシニア月例杯では、たまたまその日に当たり優勝という結果を頂き大変嬉しく思っています。その際、一緒に廻らせて頂いた3名の皆様に多々激励を頂いて感謝しております。

今後はもっと真剣にゴルフと対峙したいと思いながらも、生来のアバウトで雑な性格、また年齢ゆえ今迄と対して変わらないと覚悟いたしております。

ま、とにかく楽しく気楽にゴルフを続けたいと思っております。

池原 基博

△up

交野カントリー倶楽部に出会えて

交野カントリー倶楽部に入会して、この秋で9年になります。学生のころからテニスをしていたのですが、20代後半で膝を痛めてやめてしまってからは、運動は月に1回程度ゴルフをするだけでした。30代半ばになって真剣にゴルフをしようと思い、コースメンテナンスに定評があり、家から近いこともあって迷わず交野カントリー倶楽部に入会しました。

入会当初は知り合いの方も少なく、一人で他のメンバーさんのところに入れてもらってラウンドしていたのですが、研修会に入会させてもらったのがきっかけで多くのゴルフ仲間ができ、いつも楽しくラウンドしています。ゴルフのおかげでいろいろな方々と交流ができ、いい運動にもなり、週末のリフレッシュができて、今ではゴルフは私にとってかけがえのないものとなっています。

交野カントリー倶楽部は評判の通りコースメンテナンスがすばらしく、グリーンは他のどのコースに比べても引けを取ることはないと思います。また、戦略性に富んだ難しいコースですから、広くてやさしいコースよりゴルフが鍛えられると思っています。そして、スタッフの皆さん、キャディーの皆さんのあたたかい心遣いのおかげで一層ゴルフを楽しむことができ、大変感謝しております。

現在43歳、交野カントリーではまだまだ若造ですので、これからも真面目に、謙虚にゴルフに取り組んでいきたいと思っています。メンバーの皆さん、スタッフの皆さん、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

前田 祐樹

△up

十月サクラ(四季桜)今年も咲く!

例年この時期から12月末まで、交野カントリー倶楽部に咲く桜の木。

OUTコースNO.5グリーン左端とNO.6Tショットグランドに咲き誇る可愛い桜。

今年も可憐な花をつけています。


平成23年10月25日撮影


夏の高温が響いているのか、例年より勢いがないので、今のところは気が付かない人が多いようです。NO.14番のグリーン(ショートコース)を終えて、15番Tショットグランドに立つと右側に3本ありますが、現在の咲き方はチラホラとまばらでした。

ホームページの『かわら版』には、私の記事を2度載せていただいたのがきっかけで、関心を持つようになったと言われる人が増えました。でも今日まで知らなかったというプレーヤーも多い。

吉野桜やソメイヨシノのように派手な咲き方ではなく、淡いピンク色の小柄な可愛い花が、寒さにおじけずに咲くのが冬場の特徴です。コヒガン桜の雑種とされ12月中旬までと開花が長く、3月・5月にも咲きます。

10月サクラの名所は、熊本の菊池公園には約100本が植えられていて、見事に咲くと言われています。また、静岡伊東のさくらの里も有名だそうです。

交野カントリー倶楽部のメンバーなら、プレーするたびに可愛い愛人に会えると思えば、一段とゴルフも楽しいことでしょう。

珠数 泰夫

△up

ゴルフと義父と私

交野カントリー倶楽部に入会させて頂き、早23年が経ちました。私がゴルフを始めるきっかけは、義父はゴルフ好きで週に2・3回、雨の日も、雪の日も、入会しているゴルフ場に出かけて行きました。それを見ていた息子たちは、幼稚園で「お祖父ちゃんのお名前は?」と聞かれ、「池田ゴルフ」と答えていました。本当の名前は池田五郎なのですが・・・。

その頃は、ゴルフの良さ・おもしろさ等、見当もつきませんでした。義父が私に「親子で一緒にゴルフが出来たらいいのにね!」と言いました。私は、先ず自動車の運転免許を取り、近くのゴルフ場に通い、一通りの練習を積みました。その後、義父と私達夫婦で一緒にプレーし大変喜んで頂きました。今では懐かしい思い出となって、私の心に刻まれています。

私も義父の年齢になり、主人や息子達と一緒にプレー出来る事、大変楽しく嬉しく思っています。親しいゴルフ友達も多く出来、これからも元気で居られる限り楽しくゴルフライフを楽しみたいと思います。

主人も交野カントリー倶楽部に入会させて頂きましたお陰で、交野おしどり会に参加する事が出来、9月のおしどり会では団体優勝する事が出来て、その月のレディース杯では3位に入賞いたしました。

交野カントリー倶楽部の皆様これからもどうぞよろしくお願い致します。有り難うございました。

池田 隆子

△up

交野のキャディさん

「おはようございます。今日の目標は・・です。Kさん、エチケットリーダーをお願いします」
このキャディの言葉で、その日のプレーはスタートする。
交野のキャディは、若くててきぱき、気が利いていて美人(?)だ。その上、よく教育されて
いる。
そんなキャディさんと会話を交えながらのラウンドも、また楽しみの一つになっている。

「夏の交野(コース)はラフが長いので、打ち込むと探すのが大変だね。セルフでまわると、
ロストボールは覚悟だよ。キャディさんの有り難さがわかるね」
  「私たちも同じよ。だけど面白いのは、ほとんどのお客さんは、自分の飛距離よりも10
   ヤード以上前の方を探さはりますよね」
≪ゴルファーの心理だ。自惚れだ〜。だからロストボールになるのだろう。≫

「嫌なゴルファーってどんな人?」
  「スコアとか勝負に拘るお客さん。ミスしたとき、道具や周りに当り散らすの」
「いいお客さんって?」
  「ゴルフを本当に楽しんでる方。ミスしても拘らない。今日は練習ラウンドにしよう、
   勉強会だと言って、ミスを弁解したり、怒ったり、同伴者を苦しめたりしない人」
≪以前のゴルファーは、まず一番にマナーを教えられ、周りに迷惑をかけない事を前提にラウンドしたものだが、今は、マナーなどは二の次でスコアーが第一といったゴルファーが多いようだ≫

交野のキャディさんは、よく客を観ている。「次は8番か9番かな」と考えていると、
8番と9番を必ず持ってきて側に立っている。
「登りの120ヤード、ピン奥です」
「ありがとう」
良いキャディがいるコースは、良いゴルフ場だ。そのキャディさんはメンバーによって
育てられるとも言う。

ゴルフ場にはいろいろなキャディさんがいるようだ。
                 キャディさんとの会話(その2)

「キャディさん、めはどちら向いている」
  「え?!わたし、お客さんを見てます」

「キャディさん、かぜはどう」
  「はい、昨日治りました」

「このクラブよく飛ぶんだ」
  「クラブは飛ばさないでください」

「キャディさん、なんぼや」
  「はい、32歳です」

ゴルファーの皆さん、キャディさんを大事にして、良いホームコースを作りましょう。

”自分が楽しみたかったら、まず相手に楽しませてあげなさい”
                  【セントアンドリュースGC設立憲章】

窪田 統一郎

△up

ゴルフライフ

若かりし頃の高校時代はラグビーに励み、卒業後、休日の午前中は草野球、午後は実業団ラグビーを楽しんでおりました。33才でラグビーを引退すると四季を通じて楽しめるスポーツをしたくなり、ゴルフを志した訳けです。しかし、身近にゴルフを教えてもらう方がおられなくて、書籍や週刊誌等で独学。自分流のゴルフで飛ばす事を中心に楽しんでいました。

しばらくして職場でのプライベートコンペが時々開催され、優勝したかと思うとブービーも多く受賞、幹事約も多く経験しました。ティショットが左右にぶれても、クラブが振れる所であれば、セカンドはグリーンに乗せられるクラブを選択し、何度もOBやチョロでスコアを崩し、OUT、INで10打以上違うスコアを出すのが当たり前。午前と午後は兄弟交換したのかとよく冷やかされたものです。

この様に気紛れゴルフからコンスタントにラウンド出来るゴルフをしたいと思い、最低週1回は練習場へ通うようになりました。練習場で色々な仲間の方と知り合うことが出来、先輩諸氏から欠点を指摘され、その時は上手く打てるのですが永年しみついた自己流は修正するのに多くの時間が掛りました(未だに多くの欠点修正されず?)。

おかげでやっと90前後でラウンド出来るようになりました。その頃、オフィシャルHCを取得したい願望で先輩宇野正義氏(平成23年7月故人)に相談すると交野カントリー倶楽部を勧められ、平成7年(53才)に入会することになり、毎月ゴルフライフを楽しんでいる所であります。

入会時はHC19だったのですが、一時は10も下げることが出来ました。その間、月例で優勝2回、その他の入賞7回させていただきました。

この16年間には、元キャディマスター室の井関氏は交野カントリー倶楽部のコースへの愛情とレベルアップに努力され、コースも多く改修され、又、グリーンも高麗からベントに、難度も厳しくなってきています。グリーンキーパーやコース管理者の御努力に感謝致します。

平成24年4月でゴルフ利用税が減免になる歳になりますが、腰痛と仲良くしながらもう少し長くゴルフをエンジョイしたいと思っています。会員の皆様と今後ラウンドする機会がありました節には、どうぞよろしくお願い致します。

最後になりましたが、交野カントリー倶楽部の益々のが発展と会員様の御健勝を祈念申し上げます。

平井 茂治

△up

ホールインワンの記録

9月7日のことである。3組のプライベートコンペ。交野CC5番ホールにやってきた。そこは谷越えのショートホール。ピン位置は右、125Yを8番アイアンで打った。高い球をイメージしたのだが、打球は芯をはずれて低めの球筋となり、失敗ショットの悔しさを胸にティーを拾おうと前かがみになっていた時、横から見ていた同伴者から「あっはいったホールインワンや」の声。「ほんまかいな」と俄かに信じ難い一瞬であた。こうして生涯4回目のホールインワンは生まれた。キャディーさんや同伴者から握手を求められ、クラブハウスに戻るとフロントやレストランの人達から祝福を受け大変嬉しかった。

振り返れば、1回目は今から30年前(41歳、くずはGC)、2回目はそれから3年弱で場所は交野CC15番ホール。それから23年経って3回目(美ヶの原CC)、その後また3年弱で4回目となるのである。このサイクルでいくと5回目は23年後、私は95歳になっている勘定になる。

ゴルファーの名誉な記録にエイジシュートがある。これは技量と健康長寿が伴ってこそ達成できるもの。私には望むらくも無いこと。だがホールインワンは一発勝負。23年も経たないうちに5回目が来るかも知れない。2日後の9月9日、信楽CC田代コースの14番ホール、打ちおろしの138Yを7番アイアンで打ったらピン横30センチに着いた。

最近読んだゴルフ雑誌によると、男子プロは600ラウンド、女子プロは800ラウンド、アマチュアは7000ラウンドに1回の確率でエースが出ているとか。私の生涯ラウンド数は約1400ラウンド。この間に4回。350ラウンドに1回ということになる。

なにはともあれ、素晴らしいコースコンディションを提供して下さるコース管理の方々、楽しいクラブライフを過ごさせていただける交野CCのキャディーさんを含めたすべての方々に、さらにゴルフにさそってくれる仲間、そしていつも気持ち良くゴルフに送り出してくれる家族に感謝!感謝!

九里 哲夫

△up

交野節考

先日、久し振りに打放し練習場に行った。初心者向け無料講習もあってそこそこに盛況で、若い女性も多い。皆フォームが華麗で美しくよく飛ばす。そのうち近所の小学校の5〜6年生か、揃いのトレーニング姿で先生に引率されて多勢やって来て、練習場の人の指導でドンドン打っていた。楽しそうで何よりも恰好が出来ているのに感心。思わず自分の子供の時代を思い出した。

終戦直前の国民学校(今の小学校)生徒の私(達)は、竹槍を作り砂袋めがけて突撃するのが体操で、運動会は砂袋を担いで走り、塹壕に飛び込んでその砂袋を竹槍で突き刺す競技で、「そんな屁っ放り腰で敵が突けるか!」とよく怒鳴られた。

(閑話休題)最近、アウト2番のバンカーが嘆きのセレナーデ。何か工事をやってるなと思っていたら何時の間にかアンナのが出現。アレは、空襲に備えた防空壕の入口か、よく掘らされた塹壕に似ている。アソコで妙にアリ地獄状態になる。同伴悪友の囃子気味の「7・8・9・・・」というカウント。「出出し2ホール目でこんなに叩くとアト残りヤル気が萎えるぜ・・・!」交野の意地悪いコースキーパーのニヤリとする顔が浮かぶ。

現役時代、先輩方に「バンカー、パターは頭脳の馬鹿さ加減に比例する」とよく言われた。このふたつが酷いとスコアーは当然悪く、現役引退後久しい今日もこの傾向が直らず森の石松並みに「馬鹿は死ななきゃ直らない・・・」とやられたが、あまり酷いので「馬鹿は死んでも直らない・・・」となったものの、天性の癖は直らない。馬鹿の執念か、手帳を見ると月平均約5〜6回(年に6〜70回)ゴルフに行っている。現役で東京地区に勤務していた頃、同業他社の人で年110回というのが居て驚いたのを思い出す。

何年も前からいて亡くなった先輩共々よく駄弁ったキャディさんも見なくなった。その上、コースに苛められて足を洗う方に向かないのが不思議。アウト・インの茶店、昔はアソコでゆっくりおでんやら美味しい物を食べて余裕があった。かといってハーフ2時間以上はかからなかった。アウトは対岸に移り立派になったが、座り込むことはなくなった。インの茶店の前の山桃が随分大きくなった。窓ガラス越しに見る石楠花が美しい。

こっちに上がってくる途中のモミジ、そしてこっから打つショート横のモミジは、これから楽しみ。ただ、ショートに上がると懐かしい田舎のに臭いが失せて来たのが店のテレビがなくなったのと同様に侘しい。

されど数々の高い昼食共々、悪女の深情け的魅力か、交野通いはまだ続く。

大塚 礼三

△up

ゴルフと私

75才歳に近づく。ゴルフ老人の戯れ言。32才より始めたゴルフも約43年間、よく続いた事と思う。競技志向のゴルフも、もはや体力知力が付いていかない。

日常生活に於いてもあらゆる点で老化現象が出てきた。まあ普通の加齢現象と思うが、まず視力が落ちて、耳が聞こえにくくテレビを観てもあまり面白く感じない。また食事の量も減り美味しさを感じない。

以前はゴルフの雑誌なんかは隅から隅まで読んだのに、今は買う気もない。したがって今素晴らしく綺麗に成長した、交野のコースに、私のスコアーは反比例して悪くなっている。

あちこちのコースに年80回、それに40年を掛ると、3千2百回廻った事になる。勿論交野が多いが、最近は河原のゴルフ場が増えてきている。もうボチボチゴルフ遊びも止めても良い時期にきている?

会員権も子供に譲りマスターズ会員になった。今一番の関心事は、エイジシュートです。これも、1年に1回出るかどうかです。白マークからやっと出来そう?

それでも夢をもって努力している、そんな自分が愛おしく思う。好きなゴルフを生涯できたことを、良かったと、家族や仲間に感謝しています。

中川 満

△up

交野カントリー倶楽部の美しい風景

台風が近づいて午後から雨かもしれないと思っていた6月26日のCクラス月例競技は、幸運なことに入道雲ものぞく快晴のゴルフ日和でした。

前半のアウトは、パットも決まらず52の平凡なスコア―でしたが、後半のインは自己ベストの42を出して、入会から5年にして初優勝を飾ることができました。これもご一緒させていただいた松田さん、吉川さん、田中さん、キャディの小椋さんと楽しくラウンドさせていただいたおかげです。どうも有難うございました。

また、35℃近い暑さの中で、後半ばてもせずラウンドできたのは、ランチでいただいた「どえりゃあ美味いひつまぶし」のおかげです。とても美味しかったです。
ホールスタッフの皆様、有難うございました。

さて、交野カントリー倶楽部の美しい風景の中でプレーしたことを思い出して、帰宅後、
初優勝の喜びを趣味の水彩画で表現してみました。今年の2月の3位入賞時に引き続き、
2回目になりすいませんが、ご笑覧いただければ幸いです。

6番ホール:フェアウェイを横切るS字のカート道の曲線が美しい。田中さんの鋭い
      アイアンショットの放物線も美しかった。

8番ホール:木蓮の白い花が咲いていたティーグラウンドから望むグリーンと池と
      入道雲が美しかった。

9番ホール:吉川さんの力強いティーショット。赤と青のボーダーのシャツがコースに
      映えてお似合いでした。      

17番ホール:シルエットが美しい松田さんのティーショット。キャディの小椋さんの
       立ち姿も美しかった。      

あらためて、日頃から美しいコースをお手入れいただいているスタッフの皆様に感謝いたします。
また、勝手にモデルとさせていただいた同伴メンバーの皆様、何とぞご容赦いただきますよう
お願い申しあげます。

画像をクリックすると拡大表示します。


西原 健太郎

△up

フォーム作り その2

「きたー、30台が出たー!」と昨年12月のシニア入賞者杯で準優勝したとたん、パットが入らなくなった。新年を迎えさらなる飛躍をと張り切っていたのに、パーセービングパットが入らない。特にファーストパットが入らない。長年のオリンピックの怨念か?

そこで、一昨年のパット数を調べてみた。交野だけの38ラウンド平均は33.8打、ちなみにハーフ39が出た昨年は42ラウンドで33.6打とここ2年は33パット台でしのいでいた。

10月のシニア選手権予選の難しいグリーンも28パットだったのに。それが、今年1月は平均35打、2月はもっと悪く36.3打に増えた。このままではマズイと、日々のパターマットでの練習方法を工夫した。本も読んだ。その効果が出はじめた3月、今度はバンカーが出なくなった。最多は2打目に入れたあと14オン2パットの16という記録がある。インの17番である。苦悶のラウンドを繰り返しているうち、アプローチでシャンクが出た。バンカー内でも出た。最悪である。

これはゴルフの神様が、パター・バンカー・アプローチ・アイアン・ウッド全てをもう一度やり直せというお声だと察し、交野カントリー倶楽部でラウンド終了後、練習ボールを持ってパター・バンカー・アプローチを、ラウンドの無い日は打球練習場で、ウッド・アイアンのフォーム作りに精進した。その甲斐あってか6月のシニア月例で入賞出来た。だが、一度もバンカーに入らなかったので、バンカーを克服できたのかどうかはまだ不明だがとりあえずシャンクは陰をひそめパットは32でほぼ合格だった。

「ゴルフスイングは、振り上げてただおろすだけ」という先輩の教えに従い、腹筋・腕立て伏せを毎朝行い、練習場通いを月から金曜日の週5回、ボールを打つ前に片手で10回素振りをしてと体力・スイング作りを続けているが、その境地にはまだまだほど遠いようだ。というのも、シニア月例杯で入賞した4日後の平日杯では、ティーショットでOBも出てグロス91のネット5オーバーに終ってしまったから。

本当にゴルフはむずかしい。

久瀬 良夫

△up

アメオトコ

私は昭和20年生まれの65才です。いわゆる団塊の世代の少し先輩になります。ゴルフ以外の行事では自分の事を雨男と思う様な事は全く無かったのですが、ことゴルフに限り、全くの雨男でした。

30才の時、始めてゴルフコースに足を踏み入れた(信楽CC)その時は、大雨でした。それ以来、年に1回乃至2回、多い年でも3回乃至4回位しか、ゴルフに出かけないのに、そのほとんど8割以上が雨でした。妻からも、「他の人に悪いからゴルフはヤメにしたら」と、よく嫌味を云われたものでした。

そして、平成19年秋に交野カントリー倶楽部に入会する事になりました。また、平成21年秋に仕事の方を引退して、ゴルフ場に通う回数もがぜん増え、晴天の空のもとで、ゴルフをするのが常となり、自分が雨男である事をすっかり忘れていました。

ところが、平成23年5月22日の月例Cクラスの途中で、大雨の為に中断する中で、本来ならば、OBになる様なものが、セーフであったり、グリーンオーバーと思われたものが、グリーンに残っていたり、まさに、雨男の本領発揮、ラッキーに続くラッキーで念願の優勝と、初の100切り達成が、図らずも同時に出来ました。

この後は、晴天の日の優勝と、実力に衣る90切りを、目指したいと思います。

大東 克彦

△up

自分とゴルフの女神

交野カントリー倶楽部入会以来初めてクラス別月例で優勝しました。以前投稿した時に、年を取るたびに一づつHDCPが下ると云っていましたが、今回の月例は格別でした。先日の雨で下は濡れていましたが、曇りで風が無くコンデションから云えば良かったのではないかと思いました。

インからのスタートでボギー、ダボの出始めでしたがショットはそんなに悪くありませんでした。体も軽く精神的にもいつもよりリラックスしている様で落ち着いていました。プレーが進むうちにゴルフが、いい方に進んでいきます。俗に言うゴルフの女神が今日は私に味方している様に思えてしょうが有りません。

ゴルフをする人なら誰でも経験があると思いますが、自分の実力以上にプレー出来る時があります。プレー終了後振り返ってスコア―カードを見てみると特に4つあるショートコースの内2つがパーで残り2つは何とバーディーだったのです。これこそ女神の仕業か、他に長いパットも良く入りました。考えてみるとタイガーウッズでも石川遼でも信じられない様なパットやショットをする事があります。もう一度同じような事が多分出来ないと思われます。これこそ女神が成せる技と思われます。

しかし考えてみると、このゴルフの女神は人並み以上に練習した人を愛する傾向にあると思われます。良くゴルフの途中で女神が付いた、女神が逃げたと言います。私もこの女神に愛されるように1週間に最低2回は練習場に行っています。ゴルフは技量ばかりでは上手くいきません。健康な体力も必要です。70を超えた私には強靭な体力はありませんが、それなりのゴルフをしてゴルフ友達と楽しく過ごしたいものです。技量もさることながら、健康の方もゴルフの女神にお願いし、ゴルフの女神に愛されるようにしたいものです。また、ゴルフのエチケット、マナーを守り、ゴルフ場を汚さない様心がけ女神に胡麻をすることも必要な事だと思います。

小島 勇作

△up

5月度グランドシニア杯に優勝して

スタート、「今日はボギーオンで行け。力むな。欲張るな。お前の飛距離では
パーオンは無理」と天の声。力まずスイング出来たお蔭で、次はアイアンで軽く花道へ。絶好のスタート。「3打目はホールを狙うな」確実に予定通りの2パットのボギー。今日はこれで行こう。アウト45(内パットは16)でリズムに乗れた。後半のインも45(しかしパットは20)で、悔いは残るが結果は最高。
お蔭様で、優勝と言う大賞を頂いたことは大変嬉しく思っております。

しかし、現在81歳、ゴルフ人生は残り少なく歩ける内はゴルフを楽しみたいと思っているので、パートナーにご迷惑をかけないように、今後も体調管理は勿論、練習にもプランニングにも精を出していきたいと考えております。

現在の自分のゴルフを振り返ってみると学生時代に鍛えた足腰のバネの喰い潰しで、幸い体重が
増えない体質に願ってきただけで、今後は、真剣に健康管理・体力の老化防止に努力し、特に頭の方は力学的理屈の理解と運動神経が衰えないよう心掛けていきたいと考えております。

その点、交野カントリー倶楽部のコースは誠に紳士的で意地の悪い処がなく「信賞必罰」整備も
完璧で、私にとって、これ以上のコースはないと感謝致しております。

今後は、加齢も加速度を増し、飛距離やゴルフ感も落ちてきますので、頭と体調の管理に万全を
期し、今から、今後の姿を求め末永く交野カントリー倶楽部でプレーを楽しめるよう努力する所存です。

今後共よろしくお願い申し上げます。

藤田 富雄

△up

ゴルフと私

交野カントリー倶楽部で遊んで、25年長いおつき合いです。
60歳になって8年程、腰痛の為ラウンド出来なかった時期がありましたが、
ゴルフは私の趣味では一番好きな遊びです。月例は特に、緊張感と期待と失望の大変複雑な気持ちにしてくれる楽しいスポーツです。タラ、レバばかりですが、次に対する望みを持って、来月こそはと意気込んで帰ります。

交野は箱庭のようにフラットで美しく、特に春の頃はピクニック気分になり、
風光明媚なコースをたった4人に15分から20分間とはいえ、貸切にしてくれるとは、真に贅沢な遊びだと思います。

妻とゴルフを楽しむようになって約30年近くになると思います。実力の程は別にしてアメリカ、シンガポール、タイ、台湾と場数だけは数多く、経験していますが、やはり一番近い交野カントリー倶楽部が一番なじめます。

コースの設計、景色の豊さといい、私にはちょうどパーオン出来ない距離といい、悔しいけどなんとか寄せてパーが取れるかも・・・という期待を持って挑戦する楽しみがあります。いくつに成ってもドライバーで少しでも飛ばしたいと道具はいろいろ変えていますが腕前は前進しません。スタートホールに立てば、OBだけは出ないでくれといつもの緊張に見まわれ、フェアウェイに飛んだ時、ホッとして今日はいけるぞと、気合いを入れてスタートして行く時の気分は特別です。18ホールを終ってホールアウトする時はいつも、次回は頑張るぞと意気込んで帰っていきます。これもゴルフのメンタリティーな楽しみの一つではないでしょうか。

夫婦でゴルフを楽しむというのは、中々聞こえの良いものですが、その実、結構やっかいなものです。当倶楽部にも、「おしどり会」という夫婦でプレーをするコンペがありますが、プレーしますと、自分のプレーよりも彼女の一打一打が気になって、楽しむより先に肩が凝ってしまいます。
然しプレーの後、ビールを呑みながら団欒するのは何より、気分爽快で、タラ、レバの話が多く
なりますが肩に力も入りませんし、プレー中と違ってなごやかな雰囲気で食事も進み、人間の温かさを柔らかな感性で包み合える、そんな豊さが明日から生活に新鮮さを与えてくれるのでしょう。
中枢神経狭窄症という、かなりひどい腰痛の持病を持ちながらゴルフが出来るのも、カートという
非常に楽な施設があるおかげで、助かっています。

昔の様にAクラスに帰りたいという気持ちはいくつになっても変わりませんが、後期高齢期に近づけば、気持ちばかりで結果は程遠いです。何年出来るかわかりませんが、気持ちだけは80代まではと思っています。仕事の関係で月一のゴルフですが、これからも気持ちだけは負けずに頑張りたいです。

コース管理の良い交野カントリー倶楽部に感謝して居ります。

高畠 貞夫

△up

カタノという (意外な僥倖)

枚方市のコンビニで買物をしていたある夜、私は突然、名前を呼ばれて振り返った。そこに艶然と微笑む熟女がいた。記憶にない顔で、人違いではないか?と問いかけようとしたが再度、名前を呼ばれて私はあわてて過去の数少ない女性関係のページを操った。いない。「もう忘れはった?今日、交野でキャディしてた・・・」「ああ・・・、交野のキャディさん、そうやった、そうやった・・・」と一瞬にして緊張はほぐれたが「誰かと間違えはったでしょう?」といわれて、なんとか笑ってごまかす。しかし、キャディのユニホームと私服との格差にこんなにもイメージが違うものか、それともゴルファーとはキャディとの間に個人的なかかわりを拒絶しているのか?その熟女との会話は数分の立ち話で終わったが、似たような経験が二度ほどあった。

その、たわいもない経験が私と交野カントリー倶楽部を急速に接近させたように思う。交野に行くたびに私は、キャディに気安く声をかけられるようになったし彼女たちも応えてくれた。それまでの【メンバーという名の客】という意識が薄らいで、たとえば親戚の法事に行って誰彼なしに挨拶するように、昔の同窓会で肩を叩き合うような、そんな気楽な交流が私の中で広まっていった。

平成17年、交野カントリー倶楽部の藤木康信社長が急逝した。その「お別れ会」が大阪のホテルで催され、私も誘われて出席した。私にとって故人との面識はない。それは大半のメンバーにとっても同じだろうが参席者は数百人を数えた。ほとんどが交野のメンバーで遺影の前で談笑がはずんだ。ネクタイをしめたゴルファー達の歓談はもちろん不謹慎だが、故人は許してくれるだろうと思えた。交野のメンバー数百人の歓談はカントリークラブとしての融和と友好と限りない人脈の広がりを思わせたから。

もともと、ゴルフクラブとカントリークラブとの発祥も性格も違うものらしい。かつてゴルフクラブとは有意の人々が資金と労力を出し合って作った結社的なもので、宗教や国籍の違いが新入会者を拒んだという。それに対してカントリークラブとは一定の地域のゴルフ愛好者による社交の場で、メンバーから選ばれたキャプテンと呼ばれるリーダーがメンバーの総意を汲んで運営する組織であるらしい。現在の日本のカントリークラブがそうであるとはいえないが、少なくとも開放的、友好的であることを目指しているといっていいだろう。

これからの日本の人口動態、経済的な成長性を考えても日本のゴルフ場のあり方はカントリークラブ的であってほしいと思う。すでにゴルフ場の規模や設備で優劣をつける時代ではない。交野カントリー倶楽部は、まぎれもなく今、カントリークラブを目指している。経営者サイドもメンバーの意識も私にはそう見える。

英語にセレンデイピティという言葉がある。日本語で「思わぬ出会い」とか「意外な僥倖」という意味だが、私にとって交野カントリー倶楽部とは老境を慰めてくれるセレンデイピティそのものである、といいたい。

眞子 鎮

△up

健康とゴルフ

ゴルフをするには、昔程ではないけどお金がかかり、時間に余裕があり、
なによりも健康でないと出来ません。今まで、少しの自由な時間とお金で、
当たり前のように、何不自由のないゴルフを楽しんでいました。

ところが、健康が当たり前と思っていた報い、肩を痛めこじらせ二年近くゴルフが出来ませんでした。毎日の整骨院通いで、ようやくゴルフが出来るようになりましたが、この間の運動不足からか、還暦あたりから怪我が増えました。肩、腰、膝、足首、と焦りからか治りかけては、怪我の梯子をしていました。今年正月過ぎ、諸先輩から「病気や怪我と友達になって仲良く付き合うように」とのアドバイスで、気楽に練習やラウンドをするようになりました。体が使える有難みが分かると、フェアウェイ?を歩くのもすがすがしく、ゴルフが出来るのが楽しくて仕方ないです。この気持ちを忘れず、いつも新鮮な気持ちでプレーしたいと思っています。

又、ゴルフは四人でするスポーツなので、「自分が楽しみたい」と思うのは同伴プレーヤーも同じです。元気に明るく、一緒に回る同伴者との触れ合いを大事に、その同伴プレーヤーから「又一緒にラウンドしたい」と思われるようなゴルファになりたいと思います。

最後に交野カントリー倶楽部の皆様、今まで同様楽しくプレー出来るよう宜しくお願い致します。

斉藤淳市

△up

交野カントリー倶楽部に入会して

交野カントリー倶楽部の会員になって、10年目に入りました。
当時、私にはゴルフ倶楽部の会員になることは、サラリーマンにとって憧れの存在になってましたが、会社の先輩に誘われて、又、退職後ゴルフに熱中したいとの思いが募り、入会しました。

しかし、直ぐに、仙台に転勤となり、その後、大阪・東京、大阪と転勤を繰り返しながら、去年3月末に、40年のサラリーマン生活を無事に終える事が出来ました。

仙台時代に自然との触れ合い、山登り、下山後の温泉に夢中となり、
百名山登山に憧れました。現在では、45座に登りました。又、東京時代には、友達2人で、
東京・京都間の中山道を官歩等で、ゴルフとの付き合いが薄くなりましたが、定年後は、ゴルフ
仲間や新しい仲間でラウンドを月3から4回しています。

残りの百名山登山を目標に、毎日1時間半から2時間のウォ―キング、温泉旅行等で、健康に留意しながら、人生を謳歌したいと思っています。

今村 政一

△up

私とゴルフ

私が、交野カントリー倶楽部に御世話になったのは、昨年の12月であった。
それまでは、数年前から年に2〜3回ラウンドさせてもらう機会があった。そのとき受けた印象は、クラブハウスでのゆったりとした時間の過ぎてゆく雰囲気を感じ、グリーンのスピードとコースのメンテナンスに行き届いた気心を感じました。そして、知人に「交野で、アプローチとパター練習すればどこに行っても通用するよ。」という一言に自分の期待感と合わせてメンバーの一員にさせてもらうことにしました。

思い起こせば、約20年前、テニスとスキーに夢中になっていて、ゴルフはお金が高くて手が出ないと思っていました。そんな時、友人がゴルフクラブ一式を讓ってくれたのが、私のゴルフの始まりでした。

その後、仲間とわいわいと練習場に通いはじめました。数回の練習でコースに連れて行かれ、そこで出だしのティーショットで空振りをすること数回、そして長〜い一日の散歩を経験しました。その日は、ゴルフコースをゆっくり振り返る余裕も無く、雰囲気を味わう事も無く、情けなさと恥ずかしさだけが残りました。結果的に、そのことが私をゴルフにのめり込ませることになりました。
今では周りで見られるぐらいが快感となっています。

数年前からは、自己流にも限界を感じて、ゴルフレッスンを受けるようになりました。そして、ますます深みに嵌る自分を感じているのが現在です。最近は、あちこちのゴルフ場に行ったり、オープンコンペに行ったりするより1か所で練習・月例とはまり込むのもひとつと考えてメンバーになりました。

ゴルフをしていて、知らないメンバーでもゴルフ好きが集まるのか最初の2、3ホールは無口だが、だんだんと打ち解けて、仕事の話・世間の話・ゴルフの話・・・と、自分とは違う世界の話が聞けるのが楽しくてしょうがないと感じています。

今回の月例も、メンバーに恵まれ楽しみながら回ることができました。最近は、波の激しいスコアばかりで90を切るのがやっとの状況でした。しかし、何を間違ったかゴロと、OBを打ちながら耐えるゴルフで月例において優勝することができました。

今後は、メンバーと会話を楽しみながらゴルフを楽しんでいくつもりです。
交野カントリー倶楽部のスタッフの方々には感謝するとともに、今後ともご指導ご鞭撻いただきますようお願いします。

八木 勝己

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ゴルフとの出会い

初めまして私は花本 猛と申します宜しくお願いします。

私のゴルフ歴は36才から初め今年で25年になります。私はスポーツが大好きで学生時代は卓球に打ち込み、社会人になってスキーに打ち込み、冬から春まで休日を利用して信州方面まで行っていました。

その頃、職場ではゴルフが盛んになりよくジャンボ尾崎の話をしていました。私はその頃に幸せ太りか20Kg程増え好きなスキーがしんどくなり簡単な気持ちで、家内にゴルフクラブをネダリ買いにいったのですが、ゴルフショップのマスターがゴルフは基本が大切さを教わり、ミズノ所属PGAアシスタントプロを紹介してもらう事になり毎週日曜日に星田ゴルフ場に行きレッスンを受ける事になりました。

ここから私とゴルフとの出会いの、はじまり、はじまりです。

私は最初からゴルフを馬鹿にしてて、誰でも簡単に置いてあるボールぐらい打てると思っていたら、これが何と空振りの連続となり、当たっても真直ぐ飛ばない、距離は出ない私は必死にクラブを振っていると、先生が次回から7番アイアンだけ持って来なさいと言われグリップの握り方、スタンス幅、姿勢を確認してハーフスイングでボールをよく見て打つ、これを一回一回仕切りなおして行い約3カ月続け、ようやくフルスイングが出来るようになり、これの繰り返しでした。約1年間続けて、ドライバー等はまだまだ打たしてもらえなかったです。ドライバーを打ったのはその半年後だったと思います。

その後、ドライバーも打てるようになり職場の仲間とコースに行く事になり、室生ロイヤルゴルフ倶楽部を初めて回り、その時のスコア―が101でした。コースの景色など全然覚えていなく、
大家 政子の経営するゴルフ場でフロントが、やけにピンク色していたのを記憶しています。  レッスンを受けている仲間と河川敷の高槻ゴルフ倶楽部に行ったのですが、私より年配の方がすごく上手だったのでビックリしました。負けたくないと思うようになり練習に励みました。

ここから、私はスキーには行かなくなりゴルフ一筋になりました。関西ゴルフ場協会、日本パブリックゴルフ場協会(PSG)のハンデーを取り色んな大会に出場しました。その中でも私が一番印象に残っているのが、2007年に開催さた日本パブリックゴルフ場事業協会の第1回全日本ミッドアマに出場して決勝まで行けた事です。成績は良くなかったのですが、ここから又私のゴルフの挑戦が始まりました。

交野カントリー倶楽部のスタッフの方々、会員の方々に感謝するとともに、
今後とも宜しくお願いします。

花本 猛

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交野カントリー倶楽部と私

昭和46年か47年頃のことだと思います。当時、小学6年か中学1年だった私は、父と一緒に交野山山頂の岩の上に登り、新しいゴルフ場が造成されていく風景を眼下に眺めていました。このゴルフ場の会員になることになったと嬉しそうに語った父の横顔を今でも憶えています。

交野カントリー倶楽部の開場時からお世話になっていた父が他界し、私が引き継いでから早6年もの月日がたちますが、ゴルフの腕は父と同様あまり自慢のできるものではありません。それでも、いろいろなメンバーの方々との出会いと四季折々の美しい景色を楽しみながらゴルフライフをエンジョイしている私は幸せな人間だと思っています。

毎月、月例競技(Cクラス)に参加させていただいていますが、先日2月の月例で、心優しい同伴のメンバーの方々とキャディさんの的確なアドバイスのお陰で幸運にも3位に入賞することができました。これを機会に心を入れ替えて、向上心をもって精進していきたいと考えています。いつも、快く接していただいている交野カントリーの役員の皆様、スタッフの皆様、迷惑をかけっぱなしのキャディの皆様、これからも宜しくご指導いただきますようお願い申し上げます。

蛇足ながら、私のゴルフのもうひとつの楽しみ方として、プレー後自宅で、その日のプレーを省みて水彩画を描いております。交野カントリー倶楽部正面風景と3月月例の10番ホールの風景を絵にしてみました。恥ずかしながら、ご笑覧いただければ幸いです。

画像をクリックすると拡大表示します。

西原 健太郎

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2010年を振り返って

「やりました!」グランドマンスリーに勝ちました。

毎年の目標の一つに、グランドマンスリー出場を掲げています。
3月の月例優勝で、出場資格を早い段階で取れたことは良かったのですが・・・。

当日は朝から寒く、14番あたりから雪が降り始め、17番は雪が積もり始めました。17番のグリーン上でパターをすると、ボールが雪だるまのようになり苦労しました。

最終ホールの避難場所で約30分の中断!
人って時間に余裕があると、ろくな事を考えないんだなぁと後から思いました。
自分のスコアの勘定をし、最終をパーで乗りきれば勝てるんじゃないかなぁ?
もしかしてバーディーなら確実かなぁなんて・・・。

再開のサイレンが鳴り、いざティーショット!
いきなり右にプッシュ、二打目は左の木のそば。どうにかスイングができそう、残り160ヤードでアゲインストの風の中、6番アイアンでフルショット。なんとかグリーンそばまで持っていき
パーセーブができた時に、同伴していた長谷さんと、黒岩さんから「おめでとう、やったやん」と声を掛けて頂きました。

表彰式には日頃から懇意にして頂いている方々から、祝福して頂いたことがすごく嬉しかったです。また競技委員会の皆さま、交野カントリー倶楽部の従業員の方々、最後まで励まして頂きましたキャディーさんには有終の美を飾らして頂き、大変感謝しております。
ありがとうございました。

今年の目標として、近年ゴルフの調子が冬の早い時期や、真夏にピークを迎えゴルフシーズンにおこなわれるクラブ競技や対外試合で予選落ちが続いています。しかも、ここ3年連続8月に入院する始末。ゴルフをするにもやはり今年は体調管理を徹底し、万全の状態で競技シーズンを迎えたいと思います。

交野カントリー倶楽部に入会して3年半を過ぎましたが、コースに着いてから帰るまで、一日を
本当に楽しく過ごさせて頂いております。これからも何卒宜しくお願い致します。

田中 伸一郎

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『如月杯に優勝』して

2011年(平成23年)2月3日(木)には、例年の如月杯が約70名の
参加で行われました。当日の天候は、無風・快晴でしたので、好天気には相当なスコアが出るものとスタート時点では思っていました。

OUTコースをスタートとして、苦手意識の強いコースでしたが、奇跡的にも寄せワンでパーとなりました。この雰囲気が大事でした。守りゴルフでは、好きなホールといつでも悪いホールが意識過剰となり、結果としてあるホールでは10打以上もたたくことになりました。

今回の優勝できたポイントは、3点でした。
1)ドライバーでは肩の力を抜き、バックスイングをゆっくり、いっぱい大きくする。
  前回までは、左右の脚の動きが先に流れ、顔がボールより先に前方を見ていた。

2)100ヤード以内のアプローチは,AよりもSを使い、腰で打つ。
  いつでも手打ちで、距離の加減をコントロールしていた。

3)ショートコースが重要
  グリーンに乗れば良い、の気持ちを持ちながら、いつでもスイングに力みが出る。
  クラブの握り加減、スイングをゆっくり。小さく・早くしない、スイングの時
  グリップを膝頭に寄せるようにする。

今回は、まさかの結果となりましたが、実際はその前日のこと、ある練習場で
『堂東幸雄』氏に偶然にもお会いしたことが、当日に大き結果につながったのでした。
スイングの時の握り、アプローチの腰と手の使い方など約30分間のアドバイスが有効
となり感謝・感激です。優勝できたお知らせは、氏にもすぐにお伝えしました。

私としては、月例杯には、A/B/Cクラス合同で、各ホールのティアップ位置も奥で、
飛距離がなければ無理である、と認識していました。今回は、私としては上出来でした。
キャデー(鈴木)さんにも感謝です。副賞の景品『近江松喜屋牛』が1位賞として届きました。

ありがとうございました。

珠数 泰夫

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高齢者のゴルフ考

1月23日のグランドシニア杯にて3位入賞を頂き、高齢での入賞を非常に嬉しく思っております。私、当年81才。学生時代のバレーボールで鍛えた足腰のバネも跡形もなく衰え、最近やっと自覚し、ボギー狙いのゴルフが身に付いた結果が入賞を頂いたものと考えております。此れを糧に今後は欲張らず年相応のスイングでよい結果を残せるよう頑張りたいと思っております。

もう一点、改善のポイントはパターも36と予定通りで、特に意識的に改善した点は、感性だけでなくスイングの支点の確認と固定、力点、軌跡幅を自覚し、特に
支点を大切にして意味のないフォロースル―を行わないよう心掛けたことです。

今回入賞させて頂いた経緯と成果を心に留め高齢者ゴルフ道を目指して頑張りたいと考えております。幸い私は機械技術者で何とか衝突の理論、智彗を活かして行きたく思っております。今後は加齢による飛距離の低下を嘆くよりも、昔の番手で攻めパワーの低下量を自覚し3打目に勝負をかけることが有意義なことであり、アイアンの練習にも力が入ると考えております。何れにしても総て自己責任なので自分との面白い戦いが始まり新しい智彗がうまれるのではないかと、早く温かくなる事を願いながらワクワクしております。

その意味では今回入賞させて頂いたことは、今迄と違った光明を発想でき有意義であったことを
感謝申し上げます。

藤田 富雄

△up

運も技術の内

1月のAクラス月例で(今年からAの上にSクラスができた)まさかの2アンダーで優勝をしてしまった。通例ならば優勝スコアーは5アンダー以上でないと優勝はできないと思っていたのでビックリしております。

寒さとティーが立たないほど凍っていたために私が良かったのでなく、皆さんのスコアーがよっぽど悪かったのだと思います。本当にラッキーだったと思う。
皆さんのスコアーを見ると今回の月例は90以下は私一人であった。

振り返ってみれば昨年1年間に50ラウンドほどしているがそのうち90を、
かろうじて切ったのは6ラウンドしかない。90を常時きる腕の皆さんの成績がいかに悪かった
のかと思います。直接、凍っているグリーンに載せると跳ねて何処に行くか解らない状況であったために、私の非力な腕はボールを上げたくても上がらない、飛ばないのでバンカーにも届かない、ボギー狙いで転がす作戦を普段からとっている私の謙虚さがラッキーだったようです。

思えば1月2月の寒い時期の優勝が3回目である。練習もしない私が優勝!!。何はともあれ、
さい先の良い1年のスタートである。今年も運を味方に付けて良い年になりそうだ。同伴いただいた皆さん感謝して打ち上げは、ふぐの鍋で楽しんだ1日でした。ちなみに正月に参拝した神社で引いた「おみくじ」は凶、二件目の神社は大吉であった。

話は変わるがチョット一言

今年から会員権の書き換え料が50万円に下がったと聞きましたが、12月に友人を書き換え料
84万円(消費税込み)で入会させてしまった。これから年金生活に入る友人に1ケ月で31万
5千円損をさせてしまった計算になる。正月から何とも後味の悪い紹介であったのが残念です。
友人に申し訳ない気持ちでいっぱいです。ゴメン・・・

安養寺 敏彦

△up

父と交野カントリー倶楽部

新年早々念願であり目標であったレディース杯で優勝とは・・・

家に帰り、今は仏様になってしまった父に報告しました。
昨年の秋、突然逝ってしまった父、会社と仕事一筋だった父と三姉妹の私達は,幼いころから父と遊んだという記憶がなくただただ厳しく怖いだけの人でした。

そんな父が引退後は、交野カントリー倶楽部の会員になり現役時代からの趣味だったゴルフを楽しんでいましたが、私がゴルフを始めたと伝えると大変喜んでもらい、まだコースデビューもままならない私を交野カントリー倶楽部に連れて行ってくれました。OUTの5番ホール谷越えを確かドライバーで打ったのを覚えています。

父と一緒に楽しめるゴルフ、もっと上手くなって一緒にラウンドしようと頑張って5年後、自分はもう歳だからと私に名義変更してくれ会員になりました。その年84歳になった父と10月の秋晴れの日に一緒にラウンドしました。5番ホールでは6番アイアンになった私をたいしやもんだと笑っていました。わずか2回のラウンドでしたが、唯一父と一緒に楽しめたゴルフと交野カントリー倶楽部です。

次なる目標は父のハンディを超える事、今年も父も楽しんだコース、景色、アットホームな雰囲気の交野カントリー倶楽部で楽しくゴルフをしたいと思っています。

皆さま本年もよろしくお願いいたします。

舟田 礼子

△up

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